JPモルガンの預金がイーサリアムへ──オンチェーン金融で本当に変わるのは「口座」なのか【編集長コラム】

JPモルガンのドル預金が、Ethereum(イーサリアム)に乗った。

同行は10月19日、トークン化預金「JPM Coin(JPMD)」をイーサリアムのメインネットで利用できるようにした。すでにレイヤー2(L2)のBaseで提供しており、L2からメインネットへの拡大となる。

銀行預金がパブリックブロックチェーンで動く──これは、ブロックチェーン/オンチェーン金融の進展を見てきた1人にとっては、インパクトの大きな話だ。

今週は、20日にもう1つ気になる話があった。

金融庁の「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」が今年度の第1回会合を開いた。メンバーの1人で、ジョージタウン大学 研究教授/バージニア工科大学 研究教授であり、「デジタル資産の在るべき産業構造 ディスカッション・ペーパー」をまとめたスタディ・グループの中心メンバーでもある松尾真一郎氏が、研究会での自身の発言を公開。その内容は、技術をベースにしながらも、非常に示唆に富むものだった。

すなわち、オンチェーン金融で本当に大きく変わるのは「台帳」ではない。取引を管理する単位が、金融機関の「口座」から、顧客が管理する「ウォレットの署名鍵」へ移ることだ。松尾氏はそう指摘した。

言い換えると、「誰がどこまで管理し、何か起きたとき誰が責任を持つのか」という話でもある。

2つの話題をもう少し詳しく考えていこう。

銀行預金がイーサリアムに乗る

JPモルガンのトークン化預金「JPMD」は、同行に預けられた銀行預金をブロックチェーンで扱えるようトークン化したもの。利用できるのは同行に口座を持ち、同行が承認した機関投資家や法人顧客に限られる。

イーサリアムに乗っているからといって、誰でもJPMDを受け取り、自由に送れるわけではない。

トークン化預金と聞くと、銀行内に“閉じた”もので、プライベートチェーンを使う──そんなイメージを持ちがちだ。

だが、JPMDはそうしたイメージとは異なる。イーサリアムというパブリックチェーンを使いながら、JPMDを利用できるユーザーを限定する。

パブリックチェーンか、プライベートチェーンか。

オンチェーン金融は、そんな二者択一ではなくなってきている。パブリックチェーンを使いながら、その上で誰が資産を持ち、誰に送れるのかを制御するという形が生まれている。

資産のある場所に

JPモルガンは、なぜJPMDをイーサリアムのメインネットに展開したのか。

同行は、イーサリアムにはオンチェーンの流動性やトークン化資産がすでに厚く積み上がっていることを理由の1つに挙げる。顧客がすでに取引している資産や担保、取引相手のすぐそばに「オンチェーンの現金」を置けるようになる、というわけだ。JPモルガン自身もイーサリアム上でトークン化MMFを展開している。

資産がある。担保がある。取引相手がいる。そこに今度は「銀行のお金」がやってきた。これまで銀行システムの中にあった資金を、資産が存在する場所へ持ってきたとも言える。

例えば将来、イーサリアム上にあるトークン化MMFをはじめとする金融資産の購入や償還にJPMDを使えるようになれば、すでにステーブルコインとトークン化MMFの間で見られる資金移動をトークン化預金でも実現できる。

つまり、JPMDは「24時間365日、銀行の営業時間に関係なく利用できる銀行預金」にとどまらず、オンチェーンの金融資産を利用するための銀行マネーになり得る。

本当に変わるのは「台帳」なのか

次に松尾氏の指摘を見ていこう。

ブロックチェーンの特徴、メリットとしては、「同じ台帳を大勢が共有できる」「改ざんされにくい」「24時間365日動く」などが挙げられる。だが松尾氏は、台帳の正しさを検証すること自体は、ブロックチェーンを使わなくても可能であり、それは「大きな変化ではない」と指摘する。

本質的な変化は、顧客および取引を管理する単位が、金融機関の口座から顧客が管理するウォレットの署名鍵へ移ることだという。

今の銀行では、私のお金は銀行の「口座」で管理されている。振り込みたいときは銀行に指示し、銀行のシステムが残高を確認し、振込を実行する。一方、オンチェーン金融では、顧客のウォレットにある署名鍵が、取引を動かすための重要な役割を持つことになる。

松尾氏は、こうした変化を「振替の高度化」と呼び、研究会で最も優先して議論すべき点だと述べている。

前述のJPMDについてJPモルガンは、顧客が自分のウォレットから資金を自動的に管理できる可能性にも触れている。ただ、顧客自身がどこまで署名鍵を管理するのか、その詳細は公表情報だけでは分からない。

松尾氏の視点に立てば、JPMDが「口座」をどこまで越えるのかは、顧客自身が署名鍵を管理し、どこまで取引をコントロールするのかにかかっている。そもそもJPMDを使えるのは、同行に口座を持つ顧客だけだ。口座がなくなるわけではない。問われているのは、口座の外側にどこまで管理が広がるのかだ。

「誰の責任か」

そして、ここで問題になるのが、責任の分界点だ。

何か起きたとき、誰が責任を負うのか。銀行のシステムに障害が起きた。ブロックチェーンに問題が起きた。ウォレットに不具合があった。利用者が偽の画面で取引を承認してしまった。署名鍵が盗まれた──。

従来なら、ひとまず銀行や証券会社に問い合わせるという発想になる。

だが、金融機関、ブロックチェーン、ウォレット、利用者がそれぞれ役割を持つ世界では、責任の境界線を引くことは簡単ではない。

松尾氏が研究会で強調したのも、この「責任分界」だった。

これまで、金融機関が顧客に対して負ってきた責任を、オンチェーン金融ではどこで切り分けるのか。ブロックチェーンやウォレットの層で起きるトラブルまで金融機関が負うとすれば、リスクが大きすぎて、既存金融機関の参入は事実上難しくなる。

ブロックチェーンやウォレットがどの程度の性能や安全性を持つべきなのか。その条件をどう確認するのか。そして、どこから先を誰の責任とするのか。

制度を考えるうえでは、そこまで整理する必要がある。

JPモルガンは、誰でも参加できるイーサリアムを選んだ。一方、松尾氏は、個別のパーミッションレスブロックチェーンが長期的、継続的に信用できるかを判断する基準がなければ、既存金融機関にとって参入は難しいとも指摘している。

イーサリアムに銀行預金を乗せるというニュースの裏側には、そんな問題もあるだろう。

もう1つの出来事

そんなことを考えていた今週、別のニュースもあった。

GMOインターネットは24日、「お名前.com デスクトップクラウド」のシステムにセキュリティ上の問題があり、不正アクセスと顧客情報の外部持ち出しがあったことを確認したと公表した。

利用者からは、身に覚えのない取引が行われたとの報告も寄せられている。

もちろん、これはオンチェーン金融の問題ではない。だが、お金を動かすための情報が金融機関の外にあるサービスに置かれ、そこに問題が起きたとき、「誰がどこまで責任を負うのか」という点で共通している。

今回、GMOは、不正アクセスに起因すると認めた不正取引による実現損失を補償すると表明した。取引所や証券会社などから返金された場合はその分を差し引き、返金されなかった対象損失についてもGMO側が支払うという。

ここでは、責任の線引きが、実際の補償方針として示され始めている。

クラウド側なのか。取引ツールなのか。金融機関なのか。利用者なのか──。金融サービスが複数のシステムをまたいで動くようになればなるほど、「誰がどこまで責任を持つのか」は抽象的な制度論ではなくなる。オンチェーン金融が広がれば、ブロックチェーンやウォレットもそこに加わる。

「どのチェーンか」の先にあるもの

最近このコラムでは、「どのブロックチェーンが勝つのか」という見方だけでは、オンチェーン金融の姿を捉えにくいと書いてきた。JPMDのイーサリアム展開を見ても、気になるのはイーサリアムそのものだけではない。

銀行預金が、銀行内部の口座だけで管理される世界から、ウォレットやブロックチェーンを使う世界へ広がっていく──。そのとき、金融機関と顧客の関係はどう変わるのか。取引を管理するのは誰なのか。そして、何か起きたときに誰が責任を負うのか。

オンチェーン金融というと、新しい技術の話に見える。だが松尾氏は、「大事なのは顧客が何を望み、それに対して適切な技術は何かという点」だとも述べている。ブロックチェーンを使うこと自体は目的ではない。

本当に変わるのは「口座」なのか。そして、そこから何を変える必要があるのか。オンチェーン金融の行方は、その問いをどこまで突き詰められるかにかかっているのかもしれない。

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|文:増田隆幸
|画像:生成AIで作成

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