エックスウィン アメリカマーケットリサーチアナリストのデリア・ロホです。
サンフランシスコから、CLARITY Actの最新状況をお伝えします。
結論から言えば、CLARITY法案は否決されたわけではありません。
しかし、8月休会前の採決は見送られ、議論は9月中旬以降へ先送りされました。
これは単なるスケジュール変更ではありません。
私は今回の判断を、「共和党指導部が現時点では60票を確保できないと判断し、否決されるよりも法案を生かすことを選んだ」と見ています。
つまり、CLARITY Actはまだ生きています。
しかし同時に、「成立目前」という段階からは明らかに後退しました。
なぜ8月の採決を見送ったのか
最大の理由は、上院で必要な60票を確保できる見通しが立たなかったことです。
共和党は現在53議席を持っています。
通常の上院手続きで議論を前へ進めるためには、フィリバスターを打ち切るclotureで原則60票が必要になるため、共和党だけでは足りません。
少なくとも複数の民主党議員の協力が必要です。
当初、共和党側には、たとえ法案が通らなくても採決を行い、「誰がCLARITY法案に反対したのか」を記録に残すという考えもありました。
しかし、民主党側は、成立の見込みがないまま採決を強行し、clotureが否決されれば、法案そのものが政治的に致命傷を負う可能性があると警告しました。
その結果、共和党指導部は「今採決して負ける」よりも、「9月まで法案を生かす」道を選びました。
私はここが今回の最大のポイントだと思っています。
今回起きたのは、法案の否決ではありません。
「敗北を避けるための延期」です。
法案そのものはかなり進んでいる
一方で、CLARITY Actがゼロからやり直しになるわけではありません。
2025年7月17日には下院を294対134で通過しました。
2026年1月29日には上院農業委員会がCFTC管轄部分を12対11で前進させ、5月14日には上院銀行委員会が15対9で可決しています。
さらに6月には上院本会議で審議可能な法案としてカレンダーに掲載され、7月22日には銀行委員会案と農業委員会案を統合した約600ページの修正版も公表されました。
つまり制度設計は相当進んでいます。
問題は、法案の中身を作る段階から、「政治的に60票を集める段階」へ移ったということです。
ここから先は、法律論よりも票読みの世界です。
最大の争点はやはり「倫理規定」
現在、最も大きな政治的障害になっているのが、政府高官の暗号資産ビジネスと利益相反を巡る倫理規定です。
民主党は、トランプ大統領やその家族が暗号資産関連事業から利益を得ていることを問題視しています。
そして、市場構造法によって暗号資産業界が拡大すれば、政策を作る側の人間が直接その恩恵を受ける可能性があると主張しています。
現在の案には、大統領や副大統領などが一定期間デジタル資産を発行・支援することを制限する規定があります。
しかし民主党側は、それだけでは不十分だと考えています。
司法省だけが執行する仕組みでは実効性が弱いのではないか。
関連会社やライセンス契約を通じた利益まで本当に防げるのか。
こうした疑問が残っています。
共和党のトム・ティリス議員と民主党のルーベン・ガジェゴ議員が妥協案を作り、ホワイトハウスへ送っていると報じられていますが、現時点では明確な決着は見えていません。
この倫理条項で妥協できるかどうかが、9月の60票確保を左右する最大のポイントになると思います。
銀行業界との対立も続いている
もう一つ重要なのが、ステーブルコインの利回りやリワードを巡る議論です。
銀行業界は、暗号資産事業者がステーブルコイン保有者へ利回りを提供できるようになれば、銀行預金から資金が流出すると強く警戒しています。
現在の妥協案では、
ステーブルコインを単に保有するだけで得られる「預金金利型」の利回りは禁止する。
一方で、決済や取引など利用行動に応じたリワードは認める。
という方向が検討されています。
しかし、「どこからが単なる利回りで、どこからが利用行動に対する報酬なのか」という線引きは簡単ではありません。
これは技術的な問題に見えますが、本質的には銀行預金とステーブルコインの競争です。
私は、この議論は今後さらに大きくなると思っています。
なぜなら、ステーブルコインが普及すればするほど、「誰がドル建て資産を預かるのか」という問題が銀行業界に直結するからです。
DeFiもまだ決着していない
DeFiについても重要な論点が残っています。
暗号資産業界は、資金を預からないソフトウェア開発者やバリデーター、ウォレット提供者などを、銀行や送金業者と同じように扱うべきではないと主張しています。
一方で、民主党や法執行機関側は、規制除外が広すぎれば、マネーロンダリングや制裁逃れの監視が難しくなると懸念しています。
特に重要なのは、
誰をプロトコルの「管理者」と判断するのか。
フロントエンドを運営する企業にどこまで責任を負わせるのか。
ソフトウェア開発者をどこまで保護するのか。
不正資金監視や制裁対応をどの主体に求めるのか。
という点です。
私は、DeFiにとってCLARITY Actの成立そのものよりも、この最終的な線引きの方が重要だと考えています。
「DeFiを認めるかどうか」ではなく、「どこまで分散化されていれば金融仲介ではないと認めるのか」が、今後の米国DeFi市場を大きく左右します。
9月に残された時間は非常に短い
そして、ここからが厳しいところです。
上院は9月14日に再開する予定ですが、その後、10月初旬からは中間選挙に向けた州内活動が本格化します。
つまり、選挙前に実質的に使える時間は非常に限られています。
さらに9月には、政府予算、ロシア制裁、人事承認など、暗号資産とは関係のない重要案件も並んでいます。
上院多数党院内総務は、「戻り次第、CLARITYを最初に準備する」という趣旨の発言をしています。
ただし、これはあくまで政治的な意思表明です。
正式なcloture動議も、採決日も、まだ設定されていません。
つまり、9月に戻ったから自動的に採決されるわけではありません。
民主党との合意ができていなければ、限られた本会議時間をCLARITY法案へ使うこと自体が難しくなる可能性があります。
私が考える今後のシナリオ
現時点で私は、9月に何らかの手続き採決が行われる可能性を50〜60%程度と見ています。
しかし、実際に上院で60票を確保して通過する可能性は25〜35%程度。
さらに、2026年中に上下院調整と大統領署名まで終える可能性は15〜25%程度だと考えています。
逆に言えば、年内に成立せず次の議会へ持ち越される可能性は、現在かなり高くなっています。
もちろん、政治は短期間で大きく動くことがあります。
8月中に倫理規定で妥協が成立し、ガジェゴ議員やアルソブルックス議員など民主党側の賛成票が固まり、共和党内の離反も抑えられれば、9月に一気に前進する可能性はあります。
しかし、9月中旬になっても倫理規定がまとまっていなければ、選挙前の成立はかなり難しくなるでしょう。
その場合、選挙後のレームダック会期が最後の大きな機会になります。
市場への影響はビットコインより「事業者」に大きい
今回の先送りを、「暗号資産政策の逆転」と考える必要はないと思います。
ビットコインについては、すでに商品としての位置付けや現物ETF市場が確立しており、CLARITY Actの遅延による直接的な制度影響は比較的小さいと考えられます。
より影響が大きいのは、
米国の暗号資産取引所。
アルトコイン発行企業。
DeFiプロトコル。
ステーブルコインのリワード事業。
トークン化証券やRWA。
暗号資産カストディ事業。
こうした企業です。
彼らにとって重要なのは、何が証券で、何がコモディティなのか。
どの規制当局に登録するのか。
どのような顧客保護が必要なのか。
DeFiのどこまでが規制対象になるのか。
こうした長期的なルールです。
CLARITY法案が成立すれば、こうした不透明さが大きく減り、米国で長期的な事業計画を立てやすくなります。
逆に成立が遅れれば、SECやCFTCによる行政判断への依存が続きます。
つまり今回の先送りの最大の意味は、「規制が厳しくなった」ということではありません。
「議会による恒久的なルール作りが遠のき、行政判断への依存がもうしばらく続く」ということです。
私が今後最も注目すること
今後、私は四つの動きを特に注視しています。
一つ目は、8月中に倫理規定の妥協案がまとまるか。
二つ目は、民主党から60票に必要な賛成票を確保できるか。
三つ目は、9月14日の再開直後にclotureなど具体的な手続きへ入れるか。
そして四つ目は、上院案と下院案の違いをどこまで事前に調整できるかです。
CLARITY Actはまだ終わっていません。
しかし、今回の8月採決断念によって、「成立目前」ではなく、「9月に最後の超党派合意を作れるか」という段階へ後退しました。
私は、これが現在の最も正確なCLARITY Actの位置付けだと考えています。
9月にワシントンで何が起きるのか。
それは米国だけでなく、世界の暗号資産市場にとっても、非常に重要な分岐点になるでしょう。


