鉄道会社が「銀行の玄関口」になる日──JR九州とSBIが描く、ステーブルコイン決済まで見据えた生活圏【編集長コラム】

高知から大阪に向かうとき。飛行機ではなく、鉄路を選択したことがある。土讃線の車体傾斜式車両、いわゆる「振り子式」の特急に乗りたかったから。JR四国は、カーブの多い地形を速く駆け抜けるために、振り子式車両に力を入れている。

一方、JR九州は、水戸岡鋭治氏がデザインしたユニークな観光列車や特急車両で知られている。豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」に象徴されるように、移動手段としての鉄道ではなく、「乗ること自体を体験にする」ことに力を入れている。

そのJR九州が、今度は「銀行」を始める。

正確には、JR九州自身が銀行になるわけではない。JR九州がSBI新生銀行を所属銀行とする銀行代理業の許可を取得することを前提に、JR九州とSBIホールディングスは9月25日、金融スーパーアプリ「JQ BANK(仮称)」を共同開発し、2027年度中の提供開始を目指すと発表した。

さらにJQ BANKの基盤となる金融プラットフォームには、暗号資産、FX、そしてステーブルコイン決済まで含まれている。AIエージェントやメディア機能も検討するという。

顧客を“集める”のではなく、顧客が“存在する”場所に行く

JQ BANKの土台になるのは、JR九州がすでに持っている顧客基盤だ。

JR九州Web会員、交通系ICカード「SUGOCA」、クレジットカード「JQ CARD」、ポイントサービス「JRキューポ」。

鉄道だけではない。JR九州は駅ビル、不動産、ホテル、流通、外食など、九州で幅広い事業を展開している。JQ BANKでは、金融サービスの利用状況に応じて、そうしたJR九州グループのサービスと連動した特典の提供を検討するという。

預金をするとポイントが貯まる。そのポイントを使って投資をする。あるいは、鉄道に乗る。買い物をする。ホテルに泊まる。そこに銀行、証券、保険がつながる。

これまでなら、銀行がアプリを作り、その中に証券や保険、ポイントサービスを追加していくという発想だった。JQ BANKは、順番が逆だ。

すでに日常の顧客接点を持っている企業の中に、銀行が入ってくる。銀行が顧客を“集める”のではなく、顧客を持っている企業が銀行機能を取り込もうとしている。

金融の競争は「どのアプリを使うか」になる?

銀行にとって、これまでは「口座を作ってもらう」ことが重要だった。だが、今は別の問いが生まれている。

そう、「ユーザーは毎日、どのアプリを使うのか」だ。

銀行のアプリを持っていても、毎日使う人は多くないだろう。私もたまに残高を確認したり、振り込みに使ったりする程度だ。

一方、鉄道会社のアプリは、乗車だけでなく、買い物での利用など日常生活との接点が多い。その顧客基盤の上に、預金や投資までできる金融スーパーアプリが加わる。住宅ローンの優遇金利も検討されている。金融サービスの入口は、もう必ずしも銀行ではない。

JQ BANKでは、銀行機能にはSBI新生銀行、証券分野にはSBI証券の機能を活用する。JR九州は、いわば「金融そのもの」を作るのではなく、金融と顧客をつなぐ入口を握る。

「暗号資産」「ステーブルコイン決済」の文字

そして、当然ながら気になったのが「暗号資産」と「ステーブルコイン決済」だ。イメージ図の中に、銀行、証券と並んで「暗号資産」「ステーブルコイン決済」の文字が並んでいる。

Smartphone at center displaying the JQ BANK app; red icons on the left represent industries (rail, real estate, real estate, dining, etc.) and blue icons on the right depict financial services (banking, securities, FX, AI media).
JQ BANKのイメージ図(プレスリリースより)

今回の発表では具体的なことはほとんど書かれていない。例えば、ステーブルコイン決済が、交通系ICカードの「SUGOCA」やポイントサービスの「JRキューポ」と連携するのかなどは、まだわからない。

だが、「暗号資産」「ステーブルコイン決済」が、「銀行」「証券」の文字と並んでいることは印象的だ。

ステーブルコインが、ニッチな世界の特殊な存在ではなく、金融・生活アプリの一機能になろうとしている。

東京ゲームショウで聞いた、もう一つの話

実は先週の東京ゲームショウでも、似た話を聞いた。鉄道会社の既存サービスや経済圏と、ブロックチェーンを組み合わせたゲームの取り組みだ。

詳細は改めて取材したいが、印象に残ったのは、「ブロックチェーン」や「NFT」を前面に出すことなく、既存のサービスや経済圏にブロックチェーンの仕組みを組み込もうとしていることだ。

先週のコラムでは、東京ゲームショウを歩きながら「ブロックチェーンゲーム」という言葉が消えた先に何が残るのか、と書いた。ゲームでも金融でも、同じことが起き始めているのかもしれない。

ブロックチェーンやステーブルコインが普及したら、どういう毎日になるのだろうか。

誰もがウォレットを持ち、「今日はステーブルコインで払おう」と意識する世界なのか。それとも、鉄道会社などのアプリを開いて、ポイントで支払ったりしているが、その裏側でステーブルコインやブロックチェーンが動いている世界なのか。

おそらく後者の方が、多くの人にとっては自然だ。

インターネットを使うたびに「TCP/IPを使った」と考える人はいない。クレジットカードで支払うたびに、PSP(決済代行業者)や決済ネットワークの仕組みを意識することもない。

ステーブルコインも、いずれそうなるのだろうか。

JR九州は、列車を「移動手段」から「体験」に変えてきた。次は、銀行、証券、ポイント、そしてステーブルコインまでを、どんな「生活体験」に変えていくのか。ゆる鉄の一人としても、追いかけてみたい。

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|文:増田隆幸
|トップ画像:生成AIで作成