AZ-COM丸和ホールディングスは7月22日、円建てステーブルコイン「JPYC」を発行するJPYC株式会社との資本業務提携の覚書を締結したと発表した。
約10億円を投じて議決権の2.9%を取得し、個人事業主を含む協力会社およそ2300社への委託費の支払いに、JPYCを段階的に導入する。
アマゾンジャパンの当日配送を手がける物流大手が、なぜ支払いの手段にステーブルコインを持ち込むのか。案件を主導する経営戦略グループ執行役員・企業提携開発部長の小穴(おあな)氏に聞いた。
「一番大きいのは賃金」──回数を増やせない理由
物流業界の中小事業者にとって、資金繰り(キャッシュフロー)が大きな課題になっている。
では、何の支払い負担が重いのか、ガソリン代や高速道路代の立て替えか。そう尋ねると、小穴氏の答えは違った。
「やはり一番大きいのは賃金になりますね」
同席した広報担当の岡本氏も「人件費のお支払いが一番大変だと、よく聞きます」と補足する。
給料日は待ってくれない。だから協力会社からは、月1回ではなく2回、3回に分けて払ってほしいという声が上がる。
小穴氏が引き合いに出したのは、アマゾンが個人ドライバーと直接契約する「Amazon Flex」だ。
「あれはAmazonさんとの直契約になるんですけど、週末締めの翌水曜日払いですから」。支払いの速さが、そのままドライバーを集める力になっている一例だという。
ではAZ-COM丸和も支払いの回数を増やせばよいのではないか。返ってきたのは、しごく現実的な答えだった。
「いや、まだそこまで行けていないです。振込料が高いので」
振込手数料は平均で一口あたり約160円。「地方の信用金庫さんなんかが相手だと800円ぐらいかかってしまいます」。回数を4倍にすれば、手数料も4倍になる。
同社の2026年3月期の連結売上高2305億円に対し、売上原価は約2084億円。売上総利益率は9.6%程度にとどまる。薄い利益率のなかで、その増分を飲み込むのは容易ではない。
それでも同社は、協力会社組織であるAZ-COMネットワークの会員に、「月末締め翌月20日払い」を提供してきた。

締めから支払いまでの日数は、業界の平均が60日、かつては90日という水準であり、20日は速い部類に入る。
会員が早く請求を上げられるよう、請求書に近い書類を同社が代わりに作ってもいる。手を尽くしたうえでの、そこが限界だった。
ただし、ステーブルコイン支払いの導入により、手数料を下げて、ドライバーの取り分を増やす話ではない。委託費はすでに全額を支払っており、削減分は同社側のメリットになる。岡本氏はこう線を引く。
「それ(JPYC)を導入することがドライバーさんへの還元につながるという方面ではなくて、あくまでもお支払いのスピード感に注目しています」
八百屋から始めた社長の「決済は社会インフラ」
「20日払い」を考え出したのは、代表取締役社長の和佐見勝氏だと小穴氏は言う。
「和佐見の発想の中には、決済は民間サービスではあるけれど、これはもう社会インフラなんだよ、という気持ちがベースにあるんです。もともと八百屋をやって、車1台で運送業を始めた関係もあって、常にキャッシュフローと向き合ってきた。苦労してきているので、業界のためにはキャッシュフローをどうつけるかがポイントだと、身にしみて分かっている」
この思い入れは、開示資料にも表れている。7月22日の発表では、提携前の資本関係として、和佐見氏個人がJPYC社の株式を保有していることが明かされた。

日経新聞によれば、その比率は5.2%。会社としての出資比率2.9%を上回る。
「1億では100億しか発行できない」
10億円という出資額には社内から反発があった。
「『10億なんて出す必要はない』といった反応が随分ありました。まあそれが普通だと思いますけど」
「利用するだけでいいじゃないか」という声もあった。これに小穴氏は、発行体の側の事情で答えている。
JPYC社は資金決済法上の第二種資金移動業者にあたり、発行した残高と同額以上の資産を供託などで保全する義務を負う。
正確には、利用者への債務の全額に還付手続きの費用を上乗せした額だ。発行を増やすほど、動かせない資産を積み増すことになる。

小穴氏はこの上乗せ分を「101%問題」と呼ぶ。1%は発行体が自己資金でまかなうしかなく、その厚みが発行できる総額の天井になる、という理解だ。
「1億でしたら100億円しか発行できません。10億であれば1000億円にはなりますので」
100億円では足りない、という判断の根拠は、同社が毎月動かしている金額にある。
同社の売上原価2084億円を12で割ると、月あたりおよそ174億円。一方、オンチェーンデータを集計する「JPYC info」によれば、JPYCの総流通量は8月中旬時点で約28億円にとどまる。
AZ-COM丸和の1カ月分の売上原価は、いま流通するJPYCの総量の6倍を超える。発行の上限が100億円であれば、この1社の支払いを主とする原価を、1カ月分も受け止められない計算になる。
導入先を少しずつ広げるだけでも、発行体の体力はすぐに天井になる。利用するだけでは、その天井は上がらない。10億円は、器そのものを大きくするための出資だった。
1回100万円、期末には残高ゼロ
もっとも、器が大きくなっても、実務の壁は別に残る。
JPYCの発行と償還は、1回あたり100万円が上限だ。第二種資金移動業者が扱える取引の上限を、資金決済法が100万円と定めているためである。

JPYC社は2026年5月、自社の運用ルールを「1日あたり100万円」から「1回あたり100万円」へ改めた。ただし、短時間に連続した発行申請は認めていない。
発行体にできる緩和はすでに一巡しており、1回あたりの枠そのものは法律を変えなければ動かない。
月174億円をこの単位で丸ごと動かすことは、当面は考えにくい。小穴氏自身がそう認めている。
「ステーブルコインですべてを支払えるようになるには、まだまだ時間がかかる。軸は長いと思っています」
想定している運用も、全額の置き換えではない。請求の発生に応じて、事前にある程度を発行しておく方式だという。「さすがに200何十億は発行できない。それを抱えるのは、しんどいですから」。それでも、事前発行の分だけで50億〜60億円は必要になると小穴氏は見る。
この50億〜60億円が、次の壁を生む。
監査の問題だ。保有するJPYCを期末にどう評価し、財務諸表のどの科目に置くのかが定まっていない。さらに厄介なのが、残高そのものを公的な効力をもって証明できないことだ。
「証明ができないんですよ、JPYCがどれだけありますよ、という証明が。銀行残高だったら問い合わせをして、その日付で残高いくらと決まりますけど」
結果として、同社は、四半期末や年度末には残高を一度ゼロに戻す運用を想定している。
制度の側も動き始めている。
報道が出たあと、内閣府から同社にヒアリングの要請が入った。同社から働きかけたものではなく、物流業界で導入するにあたっての実情を聞かせてほしい、という内容だったという。要望は金融庁にも提出している。
「年内」スタート、首都圏から
いつ始まるのか。10月頃か、と尋ねた。
「10月は難しいですね、きっと。早くて年内ですね」
まずは首都圏から、対象を絞って始める。締めから支払いまでの当面の目標は5日前後で、「25日締めの月末払い」といったイメージだという。実現すれば、支払いサイクルは現在の20日から4分の1になる。
導入の動機は、資金繰りとドライバー確保という現場の必要にある。だが、そこで突き当たる1回100万円の上限も、会計基準の空白も、一企業の努力では動かせない。同社が内閣府や金融庁に要望を出しているのは、そのためだ。
月174億円規模の支払いのうち、たとえ一部であってもJPYCで流れ続けるようになれば、国内のステーブルコイン利用は「決済の実験」から「業務の一部」へ性格を変える。
制度がどこまで追いつけるかが、次の焦点になる。
|文:栃山直樹
|画像:丸和運輸機関 公式ホームページより(キャプチャ)


