・9月15日に予定されているのは、法案の最終採決ではなく、上院が審議入りするための重要な手続き採決である。
・倫理規定、マネーロンダリング対策、ステーブルコイン報酬をめぐる対立が残り、必要な60票はまだ固まっていない。
・上院通過後には下院の再承認も必要であるため、9月中に大統領署名まで完了する確率は5%未満とみる。
エックスウィン アメリカマーケットリサーチアナリストのデリア・ロホです。サンフランシスコから、米国の暗号資産政策をめぐる最新動向をお伝えします。
米国の暗号資産業界が長く待ち望んできた「Digital Asset Market CLARITY Act」が、9月15日に重要な局面を迎えます。法案が成立すれば、暗号資産が証券なのか、商品なのかという長年の問題を整理し、SECとCFTCの監督範囲を明確にする、米国初の包括的な市場構造法になる可能性があります。
しかし、ここで注意しなければならないことがあります。9月15日に予定されている投票は、法案を成立させるための最終採決ではありません。あくまで上院が法案の本格審議に入るための「最初の関門」です。
9月15日は「最終採決」ではない
米上院は9月14日に通常審議を再開し、翌15日午後2時15分にH.R.3633をめぐるクロージャー採決を行う予定です。これは議事妨害を制限し、法案の審議を前へ進めるための手続きです。上院の公式日程にも、この投票が「法案審議入り動議に対するクロージャー」であることが記載されています。
この採決を突破するには60票が必要です。可決された場合も、修正案の審議、追加の手続き、上院での最終採決が残ります。さらに上院案は、2025年7月に下院が可決した法案から大きく修正されているため、上院通過後には下院が新しい内容を承認しなければなりません。
したがって、「9月15日にCLARITY法案が採決される」という見出しを、そのまま「9月15日に法律が成立する」と受け取るのは正確ではありません。9月15日はゴールではなく、法案が生き残れるかどうかを決める試金石です。
60票を確保できるか
法案は5月14日、上院銀行委員会を15対9で通過しました。共和党議員に加え、民主党のルーベン・ガレゴ議員とアンジェラ・オールズブルックス議員が賛成したため、一見すると超党派の前進に見えます。
ただし、両議員の賛成は条件付きです。オールズブルックス議員は、委員会での賛成は本会議での賛成を約束するものではないと明言しています。ガレゴ議員も、未解決の問題を残したまま採決を急げば、超党派の合意を壊す可能性があると警告しています。
共和党だけでは60票に届かないため、民主党から少なくとも7人前後、共和党内に反対者が出ればさらに多くの賛成を得る必要があります。現時点では、必要な票が確保されたことを示す公表済みの票読みはありません。
残された三つの対立
第一の対立は、政府高官と暗号資産事業の利益相反をめぐる倫理規定です。民主党側は、大統領や議員などが在任中に暗号資産事業から利益を得ることを、より厳格に制限するよう求めています。特に、連邦司法省だけでなく州司法長官にも執行権限を持たせるかどうかが争点になっています。
第二は、マネーロンダリングと不正資金対策です。DeFiの開発者や分散型プロトコルをどこまで金融機関として扱うのか、管理主体のいないソフトウェアにどこまで義務を課すのかについて、法執行機関と暗号資産業界の距離は残っています。
第三は、ステーブルコイン保有者への報酬です。銀行業界は、暗号資産企業がステーブルコイン残高に報酬を付ければ、地方銀行から預金が流出し、地域融資の原資が減少すると主張しています。暗号資産業界は、報酬の一律禁止は競争を阻害すると反論しており、一部の共和党議員も銀行保護策が不十分なら賛成しない姿勢を示しています。
この三つは、単なる文言調整ではありません。民主党の支持を得るために倫理・AML規制を強化すれば、共和党や業界側の支持を失う可能性があります。反対に、ステーブルコイン報酬を厳しく制限すれば、銀行票を得やすくなる一方、Coinbaseなど暗号資産企業から反発が強まります。
最大の壁は「残された時間」
政策上の対立以上に深刻なのが、議会日程です。上院が通常審議へ戻るのは9月14日です。一方、下院共和党指導部は9月後半の2週間の採決を取りやめ、下院が中間選挙前にワシントンで活動するのは、9月14日からの4日間が最後になる見通しです。
つまり、上院が15日に審議入りを決めたとしても、上下両院が同時に法案を処理できる期間はほとんど残されていません。上院が数日で修正案をまとめて最終通過させ、下院が直ちに同じ案を承認するという、極めて速い進行が必要になります。
政府閉鎖を避けるための暫定予算はすでに成立したため、予算問題がCLARITY法案の審議時間を奪うリスクは後退しました。しかし、その直後に下院が9月後半の日程を取りやめたことで、上下両院の法案一本化という点では、むしろ9月成立への道は狭くなっています。
私が「9月成立は5%未満」と考える理由
私の現時点での推計では、9月15日のクロージャー採決を突破する確率は30~40%、9月中に上院本会議を最終通過する確率は約20%です。そして、下院の再承認と大統領署名まで9月中に完了する確率は5%未満とみています。
一方、法案が完全に消えたわけではありません。2025年の下院採決では294対134で可決され、民主党からも78人が賛成しました。上院銀行委員会でも限定的ながら超党派の支持が確認されており、共和党指導部が9月15日の投票を設定したこと自体、成立への政治的意思が残っている証拠です。
ただし、成立に必要なのは法案への一般的な賛意ではなく、現在の上院案に対する60票です。9月15日までに民主党の中道派が相次いで支持を表明し、倫理、AML、ステーブルコイン報酬をめぐる最終修正案が公表されなければ、今回の投票は法案成立のためというより、中間選挙を前に各議員の立場を明確にする「記録投票」になる可能性があります。
予測市場のPolymarketでも、CLARITY法案が2026年中に成立する確率は9月4日時点で約13%まで低下しています。これは9月15日の投票が行われる可能性ではなく、大統領署名まで完了する可能性を示した数字です。市場も「採決があること」と「法律になること」を明確に分けて評価しています。
暗号資産市場はどう反応するか
9月15日に60票を確保できれば、短期的には規制の明確化を期待する買いが入りやすくなります。特に影響が大きいのは、米国の暗号資産取引所株、DeFi関連銘柄、SECによる証券認定リスクを抱えるアルトコインです。ビットコインにも好材料ですが、BTCはすでに商品としての位置付けが比較的明確なため、直接的な恩恵はアルトコインや取引所の方が大きいと考えられます。
反対にクロージャー採決が否決されれば、2026年中の成立期待は大きく後退します。短期的には失望売りが考えられますが、予測市場がすでに低い成立確率を織り込んでいるため、法案否決だけで暗号資産市場全体が長期的な弱気相場へ移行するとは限りません。
ビットコインにとっては、CLARITY法案よりも、米国の金利見通し、ETF資金フロー、ドルと国債市場の動きの方が、引き続き価格への影響は大きいでしょう。一方、米国で事業を展開する取引所やトークン発行企業にとっては、法案の行方が事業モデルと企業価値を左右する重要な材料になります。
9月は「成立の月」ではなく「生存を決める月」
私の基本シナリオは、CLARITY法案が9月中に正式成立するのではなく、9月15日の採決によって年内成立への道が残るかどうかが決まる、というものです。
クロージャーを突破し、超党派の修正協議が進めば、中間選挙後のレームダック会期が最後の現実的な成立機会になります。逆に15日に60票へ届かなければ、2026年中の成立は極めて難しくなり、新しい議会で法案を組み直す可能性が高まります。
9月15日に注目すべきなのは、単純な可決・否決だけではありません。民主党から何人が賛成したのか、共和党から反対者が出たのか、そして投票前にどのような修正合意が示されたのか。この三点が、米国の暗号資産規制が年内に前進できるかを判断する最も重要なシグナルになります。


