専門家インタビュー(パート2):フィル・モナスティルスキー氏(Lituus財団エグゼクティブ・ディレクター)
インタビューのパート1で、フィル・モナスティルスキー氏は、予測市場における紛争解決の未来は、嘘を単に違法にするのではなく、嘘をつくことが経済的に割に合わない仕組みをつくれるかどうかにかかっていると主張した。
Kalshiのように中央集権的な運営主体に依存したり、Polymarketが採用するトークンベースの投票を利用したりするのではなく、Augurはゲーム理論、分散型ステーキング、経済的ペナルティを通じて、市場の結果を判定することを目指している。
同氏は、Augurの「フォーク」の経済設計によって、紛争解決をインセンティブ主導のシステムへと変えられると説明した。そこでは、客観的な真実を守る誠実な参加者が報酬を得る一方、不正を行う参加者は取り返しのつかない経済的損失を被ることになる。
第2回となる今回は、モナスティルスキー氏が政府にとっての予測市場の経済的価値や、こうしたプラットフォームを投機的な賭けの場から、金融市場や公共政策を支えられる信頼性の高い情報インフラへと変えるために必要な規制改革について語る。
予測市場が国家にもたらす経済的価値
年初以降、予測市場は世界的に大きく存在感を高めている。6月11日から7月19日にかけて米国、カナダ、メキシコの3カ国で開催されたFIFAワールドカップも、この分野の人気をさらに押し上げた。米国の規制下で運営されるKalshiでは、大会期間中に新たに300万人の顧客を獲得したと報じられている。
世界の予測市場の取引高の大半を占めるのは米国だ。The Blockによると、2026年7月には、主要プラットフォームの取引高のうちKalshiだけで約75%を占めた。英国、香港、シンガポール、フランスも、イベント契約取引の主要拠点として台頭している。

一方、規制上の受け入れ状況は国・地域によって大きく分かれている。例えばStartPolymarketによると、オーストラリア、ベラルーシ、ベルギー、日本など31の国・地域は、既存ポジションを閉じることはできるものの、新規ポジションを開くことができない「Close-only」とされている。
しかし、予測市場が金融市場に与える影響力を強めるなか、各国政府も予測コンテストや確率に基づく政策ツールを試験的に活用し始めている。米連邦準備制度(FRB)の調査スタッフも、研究で予測市場のデータを活用するようになっている。
市場を活用した予測が政策ツールとしてますます価値を持つ時代に、こうしたプラットフォームを制限・禁止している国は、情報面や経済面で不利な立場に置かれる可能性があるのか。
モナスティルスキー氏に見解を聞いた。
なぜ政府に予測市場が必要なのか
Q1. 予測市場は、主に投機的なギャンブルのプラットフォームと見なされがちだ。投機以外では、政府、企業、金融市場に対して、どのような正当な経済的機能を果たしているのか。
予測市場は、集合知を活用した知見を提供する。
ある出来事が起きる確率は、戦略立案において非常に有用な情報だ。予測市場は、さまざまな場所に分散している情報を極めて効率的に集約し、世界の確率をリアルタイムで示すダッシュボードを通じて、社会が実際の意思決定に活用できるシグナルを生み出す。
集合知を凝縮し、経済的インセンティブによってノイズを取り除き、優れた予測に報酬を与える強力なツールだ。
不確実性を減らすことは、あらゆる場面での意思決定に役立つ。
傘を持っていくべきか悩む個人から、マーケティングキャンペーンが成果を上げるかを考える企業、どの政策が最も望ましい結果をもたらすかを判断する政府まで、その対象は幅広い。
予測市場は政府に「国内の実際の世論」と「各分野の専門家」をもたらす
Q2. 予測市場は金融市場、選挙、公共政策にますます影響を与えている。国内に予測市場を持たない国は、情報面で不利な立場に置かれるのか。また、活発な国内予測市場を持つことで、政府はどのような経済的・政策的メリットを得られるのか。
活発な国内予測市場は、政府に主に2つのメリットをもたらす。
1つ目は、国内の実際の世論を把握できることだ。
世論調査やフォーカスグループは、ある点で信頼性に欠ける。あえて周囲と異なる意見を表明してもメリットがないため、人々が実際に考えていることと、口に出しても構わないと思っていることの間に隔たりが生じる。
予測市場は、その意見に金銭的なリスクを負わせることで、その隔たりを埋める。
予測市場のインセンティブは徹底して結果本位だ。そのため、「無難だが間違っている意見」には経済的な代償が生じる。時間がたつにつれ、無難だが間違っている意見は、「都合が悪くても正しい意見」に影響力を奪われていく。
後者を重視する政府にとって、これほど優れた手段はない。
2つ目は、国内の各分野の専門家を発掘し、その力を引き出せることだ。
市場が報酬を支払う対象は、ただ1つ。正しい予測をすることだ。
そのため、国内の予測市場は実力主義の競争の場となる。肩書きがあるかどうかにかかわらず、従来なら専門家と見なされなかったような人にも、自らの能力を発揮する公平な機会が与えられる。
他の参加者より優れた予測を続ければ、金銭的な報酬を得られる。それによってさらに多くの知見を提供できるようになり、その人物の影響力もさらに増していく。
政府にとっても、肩書きや経歴だけを見ていては決して見つけられなかった、価値の高い人材を自然に発掘できる仕組みになる。
米FRBも研究で予測市場の価格に言及
Q3. 一般の人々の多くは、依然として予測市場をギャンブルと結び付けて考えている。こうした認識から脱却し、信頼に足る情報インフラや金融リスク管理ツールとして位置付けるには、規制、市場設計、結果判定の面でどのような改革が必要なのか。
ギャンブラーや投機家を各分野の専門家に変えるのは難しくない。
なぜなら、インセンティブはどちらも同じだからだ。正しければ報酬を受け取れる。
信頼に足る情報インフラを支える「供給側」は、すでに存在している。取引画面の前に座っている人々がそれだ。
足りないのは需要だ。
インフラには顧客が必要になる。予測市場がいまだにギャンブルだと思われている主な理由は、公的な主体がそのシグナルを実際に利用している姿が目に見えないことにある。
したがって、最も大きな効果を期待できるのは、トップダウンの取り組みだ。
FRBがすでに自らの研究で予測市場の価格に言及しているように、また英国が分析担当者向けに内部の予測コンテストを実施しているように、政策立案のプロセスのなかでこうした確率を実際に利用するパイロットプログラムを導入すべきだ。
人々の認識は、議論だけでは変わらない。
本気で利用する顧客が現れたときに変わる。政府が予測市場の価格に言及することは、10年にわたって論説記事を書き続けるよりも、その市場の正当性を高めるうえで大きな効果を持つ。
そして、必要な改革は、そうした顧客がデューデリジェンスで何を求めるかによって決まる。
政策決定でその数値を根拠にできるのは、最初の取引が行われる前に結果の判定基準が公開され、同じ問いであればどの取引プラットフォームでも同じように結果が確定し、さらに過去の判定実績、判定が覆された割合、最終確定までにかかった時間などが、取引所の監査記録と同じように公開されている場合だけだ。
最終的な結末がひそかに変わる可能性のある確率を、公的機関の担当者が引用することはできない。
顧客を獲得し、その顧客の監査を通過する。
予測市場が「ギャンブル」というカテゴリーから抜け出すための道筋は、それに尽きる。
政府の規制当局は「真実」を決めるのではなく、「行為」を監督すべき
Q4. 予測市場は規制対象の金融分野との接点を強めている。分散型の結果判定メカニズムは、政府の規制当局に取って代わるのではなく、共存できると考えているか。
そう考えている。
まず、「取って代わる」という言葉を整理する必要がある。そもそも規制当局は、結果判定者ではなかったからだ。
現在の規制下にある取引プラットフォームでも、結果を判定するのは規制当局ではない。企業が結果を判定し、規制当局はその企業を監督している。
したがって、分散型の結果判定が座るのは、規制当局の椅子ではなく、結果判定者の椅子だ。
規制当局にしかできない仕事は、そのまま残る。
ブローカーへのライセンス付与、カストディの検査、詐欺の訴追、被害者への補償などだ。
フォークだけで被害者を完全に救済することはできない。一方で、ルールブックだけで市場の結果を金で買えないものにすることもできない。
それぞれ役割が違う。共存とは、双方がそれぞれの仕事を担うことにすぎない。
そもそも、規制当局の椅子が空席になると考えるべきではない。CFTC(米商品先物取引委員会)は現在、イベント契約に対する自らの排他的な規制権限を守るため、連邦裁判所で訴訟を起こしている。
こうした考え方には、規制当局自身が過去に採用した前例もある。
かつて、世界で最も重要な金融契約の算定・清算に使われる基準値は、銀行のパネルが提出する推計値をもとに算出されていたが、その推計値が金銭によって歪められ得ることが明らかになった。
その際、規制当局はその銀行パネルを自ら引き継ぐことを選ばなかった。
代わりに、システム全体を、1日当たり1兆ドルを超える実際の取引データから算出するベンチマークへと移行させた。
委員会のような人間の集団よりも、仕組みそのものの方が外部から圧力をかけにくいからだ。
結果判定における裁量が悪用されれば、規制当局は裁量ではなく仕組みによる解決を求める。
そしてオープンな仕組みなら、裁量的な判定主体にはなかったものを規制当局に提供できる。
すべての報告、異議申し立て、ステーク、結果判定が恒久的に公開され、召喚状を出さなくても監査できる環境だ。
もちろん、現実的な摩擦がすべてなくなるわけではない。そうだと装うつもりもない。
規制は、責任の所在となる「住所」を求める。しかし、プロトコルには住所がない。
そのため、説明責任は、このレイヤーを導入する認可済みの取引プラットフォームに残る。指数提供会社を選ぶのと同じように、どの仕組みを導入するかを取引プラットフォームが選び、その選択について規制当局に説明責任を負うことになる。
また、ルールには管轄地域があるが、コードにはない。
そのため、パーミッションレスなインフラは、特定の法域では禁止されている問いにも答えを出すことがある。
安定した形は、「基盤では中立性を保ち、利用する段階でコンプライアンスを適用する」というものだ。
規制当局は、結果が金で買われないようにするために存在している。
私たちもそのために存在している。
同じ仕事を、異なる2つの言語で行っているにすぎない。
インサイダー取引規制だけでは市場の健全性を守れない
Q5. Kalshiは、インサイダー取引への対策として、インサイダー取引や市場操作のリスクが高い市場で、利用者から勤務先などの雇用情報を収集する措置を導入している。単なるコンプライアンス対応を超えて、異常な取引行動を検知し、情報の非対称性を減らし、契約の結果が確定する前に個人投資家をより適切に保護するには、予測市場はどのような技術的・市場設計上の仕組みを導入すべきなのか。
情報開示ルールで対処できるのは、この問題の一部分にすぎない。
デリバティブ法制には、株式市場にあるような『参加者間で情報が対等であること』を求めるルールは、もともと存在していない。
CFTC自身が基準としている考え方は「不正流用(misappropriation)」だ。つまり、情報源に対して負っている義務に違反して、その情報を使って取引する行為を問題とする。
イベント契約については、それが適切な線引きだ。
選手を観察してきたスカウトが、その選手について賭けるのであれば、それは情報の集約だ。
しかし、審判が自ら裁く試合に賭ければ、それは腐敗行為になる。
したがって、市場設計で監視すべきなのは「知識を持っていること」ではなく、「結果に影響を与えられる立場にあること」だ。
市場の結果判定を担当するアカウントと、実際に取引を行っているアカウントとの重複を公開すべきだ。
また、不正行為を立証した人に報酬を支払う常設の報奨金制度も設けるべきだろう。
過去の有名な市場操作事件は、いずれも公開データを分析した外部の人々によって問題が発見されているからだ。
個人投資家にとって大きな損失につながる格差は、「契約内容を読み解く能力」の差にある。
プロの参加者は結果の判定基準を読むが、個人投資家は見出しだけを読む。
結果判定の条件をまとめた説明書を用意すれば、この問題は改善できる。
また、結果判定は単発の「発表」ではなく、「プロセス」として設計すべきだ。
暫定的な結果を公開し、異議申し立て期間を設け、係争中である場合には、それが誰の目にも明確に分かる状態にする必要がある。
なぜなら、これまで個人投資家が被った最も深刻な損失は、自分より賢い取引相手との取引によって生じたものではなく、資金を投入した後になって結末が変更されたことで生じたものだからだ。
本人確認に関するルールには本人情報が必要になる。
取引プラットフォームや規制当局はその情報を持っているが、プロトコルは持っていない。
一方、プロトコルが提供できるのは、その下に敷く基盤だ。
誰が結果を判定する権限を持っているのかを公開し、その権限に経済的な担保を伴わせる。
そして、誰にも最終的な結末をひそかに書き換えられない仕組みを構築することだ。
今後の展望

今回のインタビューを通じて、モナスティルスキー氏は、予測市場が最終的に競うべきなのは、単なる流動性や取引高ではなく、結果判定システムの健全性であると主張している。
経済的インセンティブ、透明性の高いガバナンス、慎重に設計された規制枠組みを重視する同氏は、特定の一主体に依存することなく、市場参加者が信頼できるシステムを構築できるかどうかが、この業界の長期的な成功を左右すると考えている。
本インタビューシリーズのパート3では、理論から実践へと焦点を移す。
モナスティルスキー氏は、Augurが実環境で行う「Artemis II」のフォーク実験について語る。
なぜ分散型の紛争解決メカニズムは、シミュレーションではなく、実際に経済的な利害が生じる環境でテストする必要があるのか。
そして、フォークの経済設計を公開環境で実証する最初期の試みの1つを実施したことで、プロジェクトは何を学んだのか。
パート3では、こうした問いについて詳しく聞く。


