2026年6月30日、独立企業のOpen Standardが、ドル建てステーブルコイン「Open USD(OUSD)」を発表しました。Visa・Mastercard・Stripe・BlackRock・Coinbaseなど140社超が参画し、特定の発行体が単独で運営するのではなく、参加企業が共同で運営する点を「オープンな標準」と位置づけています。
今回は、発行体が準備資産の利回りを握る従来のステーブルコインと何が違うのか、その仕組みと、日本の円建てステーブルコインをめぐる動きとの対比について解説します。
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ステーブルコインの発行体に帰属する準備資産の利回り
ステーブルコインは、米ドルなどの法定通貨に価値を連動させた暗号資産です。発行体は、利用者が預けた資金を米短期国債や銀行預金などの準備資産で保有し、その運用益を収益源とします。代表的なUSDC(Circle発行)やUSDT(Tether発行)は、この方式で運営されています。
ここで生じるのが、準備資産の利回りを誰が得るのか、という論点です。従来の単一発行体モデルでは、運用益のほぼ全額を発行体が得ます。ステーブルコインの流通残高が世界で数千億ドル規模に達した現在、この利回りは発行体にとって大きな収益になっています。
発行体はまた、ステーブルコインの発行(ミント)と償還(バーン)に手数料を設けたり、対応先を絞ったりすることで、利用者を自社の経済圏にとどめる設計を取ることがあります。利回りの独占と、こうした囲い込みは、単一発行体モデルの特徴です。
米国では2025年に成立したGENIUS法がステーブルコインの発行を制度化し、市場が拡大しています。一方で、準備資産の利回りを発行体と銀行のどちらに帰属させるかは、規制上の論点になってきました(米財務省のステーブルコイン新規制案)。今回のOpen USDは、この「利回りの所在」に対する一つの回答として登場しました。
Open USD(OUSD)の仕組みと発表内容
Open USDを運営するのは、独立企業のOpen Standardです。発行体が単独で意思決定するのではなく、参加企業で構成する運営ボード(member board)が全体の利益のために運営を担う、と説明されています。初代CEOには、決済企業Bridgeの共同創業者であるZach Abrams氏が就きます(Bridgeは2024年にStripeが買収を発表し、2025年に完了しています)。
特徴は、経済設計にあります。企業はOpen USDを、規模にかかわらず手数料なし・数量上限なしで発行・償還できます。従来の発行体が発行・償還に手数料を課してきたのとは対照的な設計です。
さらに、準備資産から得られる収益は、少額の運営手数料(management fee)を除いて、その普及と流通を担った参加企業へ還元されます。還元は発行そのものではなく、利用を広げた度合いに応じて配られる設計です。Open Standardはこの構造を「オープンなインフラとして設計された最初のステーブルコイン」と表現しています。
参加企業は140社超にのぼります。Visa・Mastercard・Stripeといった決済大手、BlackRock・BNYなどの金融機関、Coinbase・Solanaなどの暗号資産インフラ、GoogleやDoorDashなど、業種は多岐にわたります。稼働は2026年内後半を予定しており、公表時点ではまだ提供が始まっていません。
単一発行体モデルとの違いと、x402・Tempoに連なる共通仕様化の動き
Open USDが向き合うのは、USDCやUSDTといった単一発行体のステーブルコインです。とりわけUSDCを発行するCircleは、上場企業として準備資産の利回りを主要な収益源にしてきました。発表当日の2026年6月30日、Circleの株価は約16%下落しました。市場が競争環境の変化を意識したことがうかがえます。
共同で運営するという発想は、カード決済のネットワークに近いものです。Open USDにはVisaとMastercardがともに参加しており、複数の金融機関が共通のルールのもとで一つの決済網を支える構造と重なります。決済分野では、Coinbaseが主導するオープンな決済プロトコルx402や、Stripeが主導するブロックチェーンTempoなど、特定企業が囲い込むのではなく共通仕様を広げる動きが続いてきました。Open USDはその延長線上にあります。
ただし、現時点で慎重に見るべき点もあります。Open USDの流通残高はまだゼロで、公式サイトでは2026年内の稼働が予定されています。運営主体は中立をうたいますが、初代CEOがStripe傘下のBridge出身であることから、Stripeの影響力を指摘する見方もあります。準備資産の保管先や発行免許の主体は、公表時点で詳細が明らかにされていません。公表から数日のうちに、Samsungなど一部の企業が正式な関与を否定したとも報じられています。
規制面での差も限定的です。GENIUS法のもとで求められる顧客確認(CIP:Customer Identification Program)などの義務は、共同運営でも単一発行体でも変わりません。共同運営という設計が競争上の強みになるかどうかは、稼働後の普及と、利回り還元が実際に参加企業を引きつけるかにかかっていると考えられます。
考察
今回の発表は、日本の決済・金融業界にも直接関わります。Open USDの参加企業には、PayPay株式会社・株式会社みずほフィナンシャルグループ・株式会社三井住友フィナンシャルグループ・楽天グループ株式会社といった日本企業が含まれています。ドル建てで海外主導の標準に、国内の主要プレイヤーが早い段階から加わった形です。
参加の狙いは、企業の立場によって異なるとみられます。決済網を持つ企業にとっては、送金や決済の新たな選択肢を確保する意味があります。銀行にとっては、ドル建て決済の国際的な標準づくりに、早い段階から関与する足がかりになると考えられます。
一方、国内では独自の動きが進んでいます。三菱UFJ銀行・みずほ銀行・三井住友銀行の3行は2026年6月10日、円建てステーブルコインを共同で発行する方針を発表しました。あわせて、2026年度中の実取引開始をめざし、協議会を設置することで基本合意しています。発行は、信託銀行などを受託者とする信託型を想定しています。
制度面でも基盤が整いつつあります。2026年6月に施行された改正資金決済法では、信託型ステーブルコインの裏付け資産の運用対象が広がりました。発行額の50%を上限に、満期3か月以内の日米国債や中途解約できる定期預金での運用が認められます。従来は全額を要求払預貯金で保有する必要があったため、発行体が収益を設計する幅が広がります。
グループ全体で見ると、株式会社みずほフィナンシャルグループと株式会社三井住友フィナンシャルグループは、海外のドル建て標準(Open USD)と、国内の円建て共同発行の双方に関わる立場になります。三菱UFJグループが公表時点でOpen USDの参加企業に含まれず、円建て共同発行に軸足を置くことと合わせると、日本の主要行がドルと円の二つの流れに、異なる距離で向き合っている様子が見えてきます。
決済事業者や銀行にとって、Open USDのような共同運営型が広がれば、単一の発行体に依存して決済網や手数料を設計してきた前提が揺らぐ可能性があります。どの標準に乗るのか、あるいは国内の円建て発行で主導権を確保するのかは、今後の事業戦略の分岐点になりうると考えられます。
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