デジタル資産市場の「五つの危機感」とは──金商法移行を前に有識者らが提言

「デジタル資産のあるべき産業構造スタディ・グループ(SG)」は6月22日、都内でイベント「デジタル資産の“あるべき産業構造”とは?──暗号資産の金商法移行に向けて、アカデミア・有識者が緊急提言」を開催した。

イベントでは、同SGが公表した「デジタル資産の産業構造 ディスカッション・ペーパー」をもとに、暗号資産規制の金融商品取引法(金商法)への移行を見据え、日本のデジタル資産市場が抱える課題や、その後の産業構造の方向性について議論が行われた。

スタディ・グループには、昨年の金融審議会「暗号資産ワーキング・グループ」のメンバーを務めた森下哲朗・上智大学教授や松尾真一郎・ジョージタウン大学教授らが参加。研究者や金融機関、暗号資産事業者、政策関係者ら約50人が集まり、公開に向けた修正のためのコメントの提出と議論を行った。

「産業構造の教科書」を目指す

A man in a suit speaks into a microphone while holding a phone during a conference, with another man seated beside a red stage backdrop and NAD A NEWS banner nearby.

冒頭、松尾氏は今回のペーパーについて、「規制だけではなく、デジタル資産市場がどのような産業構造で成り立ち、誰がどのような役割を担うのかを整理することが目的だ」と説明した。

暗号資産を巡る議論では、技術や制度改正に焦点が当たりがちだが、持続性を持った産業全体の構造や事業者の収益モデルを体系的に整理した資料は少ない。利用者や事業者、政策当局が共通の前提で議論できる「教科書」のような存在を目指したいと述べた。

金商法移行を前に「五つの危機感」

続いて森下氏が、約80ページに及ぶディスカッション・ペーパーの概要を説明した。

同氏は、暗号資産の金商法移行を単なる規制変更ではなく、日本のデジタル資産市場の将来像を考える転換点だと位置付けた。そのうえで、ペーパーの中核となる問題意識として、現在の市場が抱える課題を「五つの危機感」として整理した。

スライドに表示された五つの危機感を列挙したリスト。番号付きで1〜5までのリスク項目が並ぶ。

第一は、「金商法移行という転換点」だ。情報開示やインサイダー規制などへの対応によってコンプライアンスコストは増加する一方、交換業者の約9割が赤字経営とされ、業界再編が進む可能性がある。

第二は、「公正な競争環境の喪失」。国内登録業者が厳しい規制対応コストを負担する一方、海外の無登録事業者やDEX(分散型取引所)は同様の負担を負うことなく日本の利用者へサービスを提供しており、競争条件が大きく異なっている。

第三は、「インフラギャップの拡大」だ。専業カストディアンやチェーン分析、バリデーターなど、デジタル資産市場を支える重要インフラの多くを海外企業に依存している現状を指摘した。

第四は、「市場アクセスの非対称性」。日本市場が国内完結型となりやすく、海外市場へのアクセスや資本調達の面で不利な構造にあるという。

第五は、「計算リソース提供主体の地域的偏在」。マイナーやバリデーターが特定地域に集中していることが、安全保障や市場インフラの観点からリスクになり得るとした。

Man in a blue suit speaks into a microphone at a panel discussion, with three seated panelists and a tall black banner in the background.

森下氏は、こうした課題を踏まえ、「規制対応だけではなく、日本のデジタル資産市場の将来像を描く絶好のタイミングだ」と述べた。

共有インフラやTradFiとの融合も提言

ペーパーでは課題だけでなく、健全で持続的な産業構造の実現に向け、三つの方向性も提示した。

3つのカードが横並びで、各カードに番号と日本語の見出しが入る説明セクション

一つ目は、監視やカストディ、セキュリティ情報共有など、事業者が個別に競争するのではなく業界全体で共有すべきインフラを整備すること。

二つ目は、伝統的金融(TradFi)、暗号資産交換業者(CEX)、DeFi(分散型金融)が相互補完する「CeDeFi」の発展だ。規制下の金融とパブリックブロックチェーンを対立構造ではなく接続・融合の対象として捉える。

三つ目は、デジタル資産によって発行体と投資家が直接つながる新たな資本市場の構築だ。ウォレットを起点とした金融サービスや、スマートコントラクトを活用した新たな資金調達の可能性も示された。

AIエージェントなど将来の論点も

後半のディスカッションでは、今後の制度設計に関わる論点について会場参加者と意見交換が行われた。

例えば、RWA(現実資産)トークンについては、現物資産とトークンを結び付ける民事法上の整理や制度整備の必要性が指摘された。

DeFiを巡っては、伝統的金融との単純な優劣ではなく、それぞれが担う機能や役割を整理した上で制度設計を検討すべきとの意見が出た。

また、AIエージェントによる自律的な取引も大きなテーマとなった。AIが秘密鍵を管理する場合の規制上の位置付けや、AIによる投資判断が投資助言や投資運用に該当するかなど、AIエージェントの普及を見据えた制度整備の必要性についても、今後の重要な論点として共有された。

ペーパーの初版は7月公開へ

イベントの最後に金融庁の名取裕之氏(総合政策局リスク分析総括課イノベーション推進室長)は、規制の検討に当たっては産業構造やインセンティブ設計の視点が重要だとコメント。既存金融との接続を進めるためにも、業界全体で健全な市場環境を構築していく必要があるとの考えを示した。

松尾氏は、「このペーパーを、法令、制度、産業、そしてビジネスモデルの設計を議論する際に立ち戻れる教科書のような存在にしたい」と述べ、利用者や事業者から幅広く意見を集めながら内容をブラッシュアップしていく考えを示した。

スタディ・グループでは、今回のイベントでの議論やパブリックコメントを反映し、7月にディスカッション・ペーパーの初版を公表する予定だ。また、このペーパーは、今後も公開のプロセスを通じて、継続的にアップデートする方向が示された。

|文・撮影:NADA NEWS編集部

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