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前編では、アニモカ・ブランズ共同創業者兼会長、ヤット・シウ(Yat Siu)氏に、AIエージェントとWeb4、Moca IDが担う信用基盤について聞いた。後編では、香港で進むステーブルコインの動きやRWA(現実資産)、米国の法整備、日本市場への見方に話題を移す。
USDCやUSDTが広がる中で、なぜ香港ドル建てステーブルコインが必要なのか。ステーブルコインの利回りをめぐる規制は、銀行を守るためのものなのか。そして、日本で暗号資産やWeb3が広がるには何が必要なのか。シウ氏の言葉から、ステーブルコインが変えようとしている金融の現在地を読み解く。
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ステーブルコインは「プログラム可能なお金」になる

──アニモカは、香港で進むステーブルコイン関連の取り組みにも関わっている。香港ドル建てステーブルコインは、USDCやUSDTのような米ドル建てステーブルコインと何が違うのか。
シウ氏: まず大きいのは、香港ドル建てであるという点だ。
多くの人はあまり意識していないかもしれないが、香港ドルは米ドルと連動している。香港は世界有数の貿易ハブであり、金融センターでもある。その地位を維持していくには、オンチェーンで使えるデジタルマネーが必要になる。
USDCがあるのに、なぜ香港ドルが必要なのかと思う人もいるだろう。ただ、アジアで貿易を行ううえで、香港ドルは重要な通貨の一つだ。表からは見えにくい貿易フローや取引ルートもある。
ステーブルコインは、構成可能でプログラム可能なお金だ。その性質を香港ドルに広げられることに意味がある。
香港の企業や店舗は、当然ながら香港ドルを受け入れている。将来的には、香港から日本を訪れる旅行者にとっても、円を持ち歩いて両替する必要がなくなるかもしれない。ステーブルコインを必要な現地通貨にすぐ交換できれば、決済はより流動的で使いやすいものになる。
──決済や送金では、どのようなユースケースが考えられるか。
シウ氏:日本での経験からも、ステーブルコインには大きな可能性があると感じている。
東京では、クレジットカードが使える場所が多い。しかし、少し地方に行くと状況は変わる。以前、松本の近くでハイキングをしていた時、クレジットカードが使えない場所があった。私は日本人ではないので、PayPayも持っていない。どう支払えばいいのか、という状況になった。
幸い、一部ではAlipayが使えた。おそらく中国人観光客が訪れる場所だったからだろう。ただ、すべての場所で使えたわけではない。カードを持っていても、現地のATMでは受け付けられないこともあり、非常に複雑だった。
多くの人がカードを使っているわけではない。そう考えると、ステーブルコインは非常に興味深い解決策になる。ステーブルコインは、いわばデジタル現金だ。必要な通貨にすぐ交換できれば、旅行者にとっても、店舗にとっても使いやすくなるだろう。
香港では多くの人がクレジットカードを使っている。ただ、加盟店の側から見れば、カード決済には手数料がかかる。Visaなどを使えば、2〜2.5%程度の手数料を負担することになる。これは決して小さくない。
ステーブルコインが地元の銀行や事業者に受け入れられるようになれば、こうした手数料を抑えられる可能性がある。そこは大きなユースケースになるはずだ。
もう一つ重要なのが、送金だ。
香港には、フィリピンやインドネシアなどから来たドメスティックヘルパーが多くいる。彼らは香港で働き、母国の家族に送金している。ただ、送金先の家族が銀行口座を持っていない場合も少なくない。
そうなると、Western Unionのような送金事業者を使うことになる。しかし、現金送金の最後の部分では、銀行口座を持たない人たちに対して送金事業者が強い立場を持ち、高い手数料を取ることができてしまう。
ブロックチェーンを使えば、そうした相手に直接送金できるようになる。相手が銀行口座を持っていなくても、スマートフォンを持っていれば受け取れる。余計な手数料やコストを減らせる可能性がある。
──機関投資家にとって、ステーブルコインはどのような意味を持つのか。
シウ氏:機関投資家は、RWAに取り組みたい、資産をトークン化したいと考えている。その際、取引に使う通貨として扱いやすいのがステーブルコインだ。
ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)はWeb3を代表する資産だが、決済や取引の通貨として使うには価格変動が大きい。企業や機関投資家がRWAを扱うのであれば、価値が安定した通貨が必要になる。その点で、ステーブルコインは非常に相性がいい。
Web3でビジネスを行う場合にも、ステーブルコインは役に立つ。海外の相手に商品やサービスを販売したり、海外から資金を受け取ったりする際、交換や決済をより簡単にできるからだ。国境を越えた取引にも使いやすい。
企業にとっては、一般消費者向けの決済手段というより、投資や利回り、デジタル資産へのアクセスといった目的が大きくなるだろう。RWAにアクセスしたい、手数料を抑えたい、裁定取引を行いたい。そうした場面で、ステーブルコインは有効な手段になると見ている。
クラリティ法案は、銀行を守るための規制なのか

──米国で成立間近とされるクラリティ法案では、銀行預金と同等の利回りを禁止する可能性が高く、既存金融を保護する「妥協案」の色も強い。それでも、機関投資家が参入する十分な動機になるだろうか。
シウ氏:現時点では、利回りをめぐって争うことが最も重要だとは考えていない。
もちろん、ステーブルコインの利回りは、本来であれば資金の所有者に還元されるべきものだ。ただ、まず必要なのは規制の明確化だ。ステーブルコインの位置づけが明確になり、公式な枠組みの中で利用できるようになれば、人々は実際に使い始める。
使われるようになって初めて、その利点も広く理解されるだろう。利回りについて議論するのは、それがより大きな関心事になってからでも遅くない。
銀行がステーブルコインに警戒感を持つ理由は理解できる。銀行はこれまで、預金を通じて収益を得る立場にあった。部分準備銀行制度のもとでは、預金が外に移ればリスクが生じるという議論もある。
一方で、ステーブルコインは基本的に1対1の裏付けを前提としている。そう考えれば、銀行預金よりも安全だと言える面もある。銀行は、これまでの独占的な立場に頼るのではなく、より競争力を高める必要があるだろう。
ただし、金融の安定性を考えれば、変化は段階的に進める必要がある。一夜にして大きく仕組みを変えれば、不安定さを生む可能性もあるからだ。
だから、利回りを一時的に制限することは、法制度を前に進め、市場を成長させるための妥協とも言える。永続的なものではないと見ている。
仮にコインを保有するだけでは利回りが認められないとしても、預け入れなど別の形で利回りを得る方法は出てくるだろう。安全に収益を得る方法があれば、人々はそれを見つけていくはずだ。
日本で暗号資産が広がらない本当の理由

──香港や米国などと比べ、日本市場にはどのような特徴があるだろうか。
シウ氏:日本については、リテール、つまり個人投資家主導というより、大企業や機関投資家主導でWeb3への関心が高まっている市場だと見ている。
日本がWeb3への投資に慎重だった背景には、日本における「お金」との距離感があると考えている。
お金は、一種のソーシャルネットワークだ。ただ、日本ではお金について話すことがあまり一般的ではない。香港や中国の文化では、収入や価格について話すことは珍しくない。たとえば、誰かが新しいスマートフォンを買ったと言えば、最初に「いくらだったのか」と聞くこともある。
価格や収入について話すことが、日常的な会話の一部になっている。韓国でも、お金との関係は比較的強いと感じている。そうした文化では、暗号資産も受け入れられやすい面がある。
一方、日本ではお金の話を避ける傾向がある。つまり、お金との関係が少し遠い。暗号資産はデジタルマネーであり、お金そのものに関するものだ。お金への距離感があると、デジタルマネーを理解することも難しくなる。
そのため、日本ではリテールによる暗号資産利用は、これまでやや限定的だったと見ている。
ただ、興味深いのは、日本の大企業や機関投資家は暗号資産やWeb3を非常によく見ていることだ。ソニーはブロックチェーンに取り組んでおり、MUFGもブロックチェーン領域で動いている。日本の大企業は、暗号資産やブロックチェーン、Web3が「お金」に関わるものだと理解している。
その意味で、日本はリテール主導というより、機関投資家や大企業主導でWeb3への関心が高まっている市場に見える。
日本で重要なのは、消費者に直接暗号資産を売り込むことではないだろう。それは投機に寄りやすい。むしろ、ユーティリティが重要になる。AIエージェントがユーザーの代わりに暗号資産やトークン化資産を扱うようになれば、個人が意識せずにWeb3に触れる入口になり得る。
エージェントやWeb4の時代に入るまでは、日本のリテールにおける暗号資産利用は、ある程度限定的なままだろう。ただ、税制の見直しが進めば、状況は少し変わる可能性もある。
──日本でWeb3やWeb4がインフラとして広がるには、何が課題になると見ているか。
シウ氏: 中央集権的なプラットフォームに依存しない形が望ましいと考えている。ただ、現在の中央集権型サービスには、持っている資産を十分に使えないという問題もある。
たとえば、中央集権型の取引所にトークンを置いている場合、基本的にできることはトレードに限られる。しかし、多くの人が常にトレードをしたいわけではない。短期で売買する人は一部で、多くの人は長期的に投資したいと考えている。
投資とは、本来は何かに資金を投じ、それが時間をかけて成長することを期待するものだ。ただ、今の世界では、一度投資してそのまま見ないでいることが難しくなっている。市場の変化があまりにも速いからだ。ある日はビットコイン、別の日はAI、また別の日は別の企業やテーマに関心が移る。
ここでもAIエージェントが役割を持つと見ている。投資をどう考えればいいのかを理解している人は多くない。銀行に相談しても、インフレ率を下回るような安全商品や定期預金を勧められることもある。必ずしも十分な選択肢とは言えない。
通常のAIであれば、ユーザーはその都度「何に投資すべきか」「どうすべきか」と質問しなければならない。一方でAIエージェントは、市場の状況を見ながら、ユーザーに先回りして提案することができる。
たとえば、地政学的な緊張が高まっているなら、石油やコモディティに目を向けるべきだと知らせるかもしれない。AI関連の市場が伸びると見れば、どの企業に注目すべきかを提案することもあるだろう。
もちろん、投資するかどうかを決めるのはユーザー自身だ。ただ、多くの人は毎朝起きて、世界情勢や市場テーマをもとに投資先を考えるわけではない。AIエージェントは、そうした考えるきっかけを届ける存在になり得る。
AIエージェントが生活の中でより使われるようになれば、購入や投資の入口も変わっていく。その中には、Web3や暗号資産も含まれるはずだ。
AIエージェントにも哲学が必要になる

──AIエージェントが普及するほど、逆に「人間とは何か」という問いが重要になっていく気がする。あなた自身は、人間の本質をどのように捉えているのか。
シウ氏:個人的な話をする前に、私たちのAIエージェント基盤「Minds by Animoca Brands」では、すべてのエージェントに哲学を学ばせている。そうすることで、ユーザーとのやり取りがより人間らしいものになると考えている。
私自身にとって、哲学や世界の問題を学ぶことは、「人間であるとはどういうことか」を探ることに近い。なぜ人はそのように行動するのか。何を大切にしているのか。そうした問いを考えることが、哲学の学びだと思っている。
たとえば「自由」という考え方がある。誰もが自由でありたいと考えるだろう。ただ、アメリカ人が考える自由と、中国人が考える自由は同じではない。アメリカでは、自由は銃を持つことと結びつくかもしれない。一方、中国では、安全であることが自由の感覚につながることもある。
つまり、誰もが「自由」を求めていても、その中身は文化によって違う。自分の考える自由と、相手の考える自由が同じだと決めつけることはできない。
だからこそ、哲学だけでなく文化を学ぶことも重要になる。多くの米国企業が日本でビジネスをしようとしてうまくいかないのも、こうした根本的な違いを理解していないからだと思う。
私は古典を読むのが好きだ。古典は、何もないところから、人間にとっての根本的な真理を組み立てようとしている。たとえば、ジョン・ロックが財産権を定義したのは、400年から500年ほど前のことだ。それ以前、多くの人は財産を持っていなかった。姓さえ持っていなかった人も多い。
しかし、ある哲学者が「人は財産を所有すべきだ」と考え、その思想が広がっていった。アイデアには、それほど大きな力がある。財産、自由、正義といった概念は、私たちにとって真理のようなものになっている。
自分が同意しない思想や歴史を読むことも大切にしている。たとえば、私はアイン・ランドの熱心な支持者ではない。ただ、彼女を理解することで、ある人々がどのように世界を見ているのかを知ることができる。それは、相手をより深く理解する助けになる。
以前はYouTubeの哲学チャンネルなどを見ていた。すべてを聞くことはできないが、見出しを見て、15分から20分ほどの概要を聞き、面白いと思えば深く掘っていく。今では、AIエージェントがその手助けをしてくれる。
哲学は今も変わり続けている。科学と結びつけて考える哲学者も増えている。もともと哲学者は科学者でもあった。そうした考えをつなげていくことは、私にとって純粋に楽しいことでもある。
インタビュー|橋本祐樹
文・写真|平木昌宏



