
暗号資産の保有者が亡くなった際、遺族がウォレットの存在を把握していても、アクセスに必要な「秘密鍵(パスワード)」が見つからないケースが想定される。
自身で資産を動かすことができない状態であっても、その暗号資産に対して相続税は課されるのだろうか。
結論から言えば、現行の実務・解釈上は原則として相続財産に含めて相続税を計算する必要がある。
国会でも、相続人がパスワードを知らない場合であっても課税対象になる旨の答弁がなされている。
連載「泉税理士が読み解く!暗号資産『分離課税』のリアル」の第6回は、租税法に詳しい泉絢也税理士の解説をもとに、秘密鍵が不明でも課税対象とされる論拠や物納のルール、そして法理論上の課題と生前にできる備えについて整理する。
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本記事は、泉税理士のブログ記事「秘密鍵がわからない暗号資産にも、相続税は課されるのか──「承継」と「支配」を切り分けて考える」を元に、編集部で要約・再構成したものです。
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秘密鍵を知らなくても「相続税の課税対象」となる理由
活発な市場がある暗号資産であれば、市場価格によって相続時の時価評価を行うこと自体は容易である。
問題となるのは、秘密鍵が分からず売却や換金ができない場合であっても課税されるのか、という点だ。
この点について、平成30年3月23日の参議院財政金融委員会において、国税庁次長による答弁が行われている。泉税理士はその経緯と論拠を次のように整理している。
【泉税理士の解説:国会答弁で示された解釈】
「原則として、その暗号資産を相続財産に含めて相続税を計算しなければなりません。
(中略)
一般論として、相続人が被相続人の設定したパスワードを知らない場合であっても、相続人は被相続人が保有していた暗号資産を承継することになるため、その暗号資産は相続税の課税対象となる、という解釈が示されました。
この答弁からすれば、実際に秘密鍵やウォレットのパスワードを把握できず、相続財産である暗号資産を処分できないとしても、これを含めて相続税の申告を行う必要がある、ということになります」
なぜ、動かせない財産に対しても課税されると判断されるのか。泉税理士によれば、答弁の論拠は大きく2つに分けられるという。
【泉税理士の解説:課税庁の二段構えの論拠】
「第一の論拠は、承継が生じているということです。相続人がパスワードを知っているかどうかにかかわらず、相続人は被相続人が保有していた暗号資産を承継します。秘密鍵は、その権利を事実上行使するための手段であって、権利そのものではありません。したがって、秘密鍵を知らないことは、権利を承継していないことを意味しない、という理屈です。
第二の論拠は、執行上の困難と課税の公平です。答弁では、暗号資産に関連するビジネスがまだ初期段階にあり制度整備も途上であるという前置きのうえで、パスワードを把握しているかどうかは当事者にしかわからない、いわば主観の問題であり、課税当局として真偽を判定することは困難である、と述べられています」
法律上の「権利の承継」が生じている点に加え、主観的な申告のみで非課税とすることは課税の公平性を保てないという、税務執行上の事情が背景にある。
物納は不可、「取得費加算」の注意点
相続財産に暗号資産が含まれる場合、納税手続や税負担の調整についても確認しておく必要がある。
まず、納税方法について、相続税には一定の財産による「物納」の制度が存在するが、暗号資産による物納は認められていない。
【泉税理士の解説:暗号資産による物納は認められない】
「できません。国税の納付は金銭によることが原則です(国税通則法34条1項)。相続税に限っては、金銭による納付が困難な場合に、一定の相続財産による物納が認められています。しかし、物納に充てることのできる財産は、国内にある不動産・国債・地方債・株式・社債・動産など、法律に定められた種類の財産に限られており、暗号資産はそこに含まれていません(相続税法41条)。したがって、暗号資産による物納はできません」
秘密鍵が分からず暗号資産を換金できない場合であっても、税金自体は日本円(金銭)で納付する必要がある点に留意が必要だ。
また、相続した財産を一定期間内に売却した場合に、納付した相続税額の一部を取得費に加算できる特例(措置法39条:取得費加算の特例)についても、所得区分に応じた条件が定められている。
【泉税理士の解説:取得費加算の特例と所得区分】
「令和8年度税制改正により、暗号資産は譲渡所得の基因となる資産になりうることとなりました。その結果、暗号資産はこの特例の適用要件の一つを満たすことになります。
(中略)
一方、雑所得に区分される場合には、この特例の適用はありません。分離課税の対象は、暗号資産取引業を行う者に対する特定暗号資産の譲渡等に限られるため、分散型取引所や海外の取引所を通じた譲渡などは、引き続き雑所得に区分される可能性があります」
暗号資産の譲渡が「譲渡所得」に区分される場合は特例の対象となりうるが、「雑所得」に区分される取引経路では適用されない。どの経路で換金するかによって、税負担の調整措置に違いが生じることになる。
「承継」と「支配」の乖離―法的な課題と事前の準備
動かせない資産に課税されるという現行の枠組みについて、泉税理士は国際私法の議論を引用しながら、本質的な課題を指摘している。
スペインの国際私法研究者Santaolalla氏の論考によれば、デジタル資産の相続においては「誰が権利を承継するか(ius ad rem)」と「誰が実際に管理・処分を行使できるか(死後の支配:ius in re)」という2つの問題が構造的に乖離しうるという。
【泉税理士の解説:理論的な問題提起】
「この整理を借りれば、日本の相続税をめぐる問題は、次のように言い換えられます。承継(ius ad rem)は生じているが、相続人が現実に手にしていない死後の支配(ius in re)は生じていない。その乖離した状態で、承継のみを捉えて課税している、と。
そうすると、『取得』していないという主張は、この乖離を、相続税法1条の3および11条の2の『取得』という文言に読み込もうとするものだと位置づけることができます。
(中略)
実務において、この主張がそのまま認められると期待するのは現実的ではありません。ここで述べているのは、『争えば通る』という実務的な見通しではなく、相続税法の『取得』という文言に関して、こうした解釈上の論点を立てることができる、という学問的な問題提起です」
法制度が技術の特性に追いついていない過渡期においては、生前の準備が実務的な重要性を持つ。
【泉税理士の解説:生前にできる準備】
「法が解決できない部分がある以上、事前の準備が決定的に重要になります。
(中略)
第一に、どこに何を保有しているかの記録です。取引所の口座なのか、自己管理のウォレットなのか。
(中略)
第二に、アクセスの手段を、安全性を確保したうえで承継可能な形にしておくことです。秘密鍵をそのまま書き残せば生前の盗難リスクが生じますし、まったく残さなければ死後に永久に失われます。
(中略)
第三に、取引所を利用している場合には、その取引所の死亡時の手続を確認しておくことです」
まとめ:暗号資産の相続における留意点
秘密鍵がわからない暗号資産の相続税務について、要点を整理すると次のようになる。
- 秘密鍵が不明であっても、原則として相続税の課税対象に含まれる(国会答弁による解釈)
- 暗号資産による物納は認められておらず、納税は金銭で行う必要がある
- 取得費加算の特例(措置法39条)は、譲渡所得に区分される場合に限り適用される
- 法律上の「権利の承継」と技術的な「管理・処分の行使」が乖離しうるため、生前の情報整理と安全な伝達手段の確保が重要となる
自身の資産状況を正確に記録し、万が一の際に適切な手続が進められるよう準備しておくことが求められる。
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秘密鍵がわからない暗号資産にも、相続税は課されるのか──「承継」と「支配」を切り分けて考える
▼監修者プロフィール
泉 絢也(いずみ じゅんや)

税理士・東洋大学法学部教授、日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)税制部会顧問。元国税職員(国税調査官)。博士(会計学・中央大学)。専門は租税法。暗号資産・NFTの税務、AIと税務、税務調査を主な研究テーマとする。著書に『事例でわかる!NFT・暗号資産の税務〔第2版〕』(中央経済社・共著)、『暗号資産の税金はこう変わる 分離課税の仕組みと実務』(清文社・単著)著)など。
|編集:栃山直樹
|画像:NADA NEWS制作