証券会社のサイトやアプリで株を買う。「約定しました」と表示されれば、その瞬間に株を手に入れたと思うだろう。
だが、実際には違う。
日本株の受け渡しは、原則として約定日の2営業日後。いわゆる「T+2」と呼ばれる日数がかかる。
なぜ、ボタンを押せば一瞬で注文できる時代に、実際に株を受け取るまで(厳密には株の権利が移転するまで)に「2日」もかかるのだろうか。
そんなことを改めて考えたのは、今週、気になるニュースがあったからだ。
日本政府が、株式や日本国債(JGB)の取引をブロックチェーンを使って即時決済する仕組みを検討すると日本経済新聞が報じた。また、ロイターによると、金融庁、財務省、日本銀行、金融機関などが検討を進め、早ければ2027年初めにも具体的な計画をまとめる。実用化は2030年代初めになる可能性があるという。
「T+2」が「T+0」になる。
これだけを見ると、分かりやすい進化だ。だが、そもそも、なぜ今は「T+2」なのか。
株は「買った瞬間」には権利が移動しない
ちょうど先日まで参加していた東京大学の「金融×ブロックチェーン」スタディグループ(SG)では、証券の移動もテーマの1つだった。そこでは、「売買の成立」と「(権利の)移転の完了」は同じではないと強調されていた。
株はスーパーマーケットに並ぶ商品とは違う。
証券会社の棚にいろいろな会社の株が並んでいて、私が「A社株を100株ください」と注文すれば、それを取り出して売ってくれるわけではない。買いたい人の注文が成立するには、反対側に売りたい人が必要だ。
私が「1000円で100株買いたい」と注文する。その反対側に「1000円で100株売りたい」という注文があり、条件が合えば初めて売買が成立する。
これが「約定」だ。
画面に「約定」と表示されると、もう株を手に入れたように思う。だが、証券、さらには広く金融の世界では、「売買が成立した」ことと、「株が自分のものになった」、つまり権利が移転したことは同じではない。
「約定」の後に何が起きているのか
約定の後には、「誰が、何を、いくらで、どれだけ売買したのか」を確認する。「照合」だ。売買が成立した後、その内容に間違いがないかを関係者の間で確認していく。
次が「清算」。
1日に行われた膨大な取引を整理して、最終的に誰が株をどれだけ渡し、誰がお金をいくら支払うのかを確定する。
分かりやすく説明するために、A証券、B証券、C証券の3社だけの市場を考えてみよう。ある株について、
・A証券はB証券に100株売った。
・B証券はC証券に80株売った。
・C証券はA証券に70株売った。
これを、それぞれ決済するなら、A証券はB証券に100株を渡し、B証券はC証券に80株を渡し、C証券はA証券に70株を渡す。それぞれ代金も逆方向に動く。
3社だけならまだ簡単だ。
実際には、多くの証券会社の間で膨大な売買が行われている。A証券が、B証券には株を渡し、C証券からは株を受け取る。これを取引ごとに全部やり取りするのは大変だ。
そこで登場するのが「中央清算機関(CCP)」だ。
中央清算機関が取引の間に入り、売り手に対しては買い手、買い手に対しては売り手となる。そのうえで、多くの取引をまとめて、受け取る株と渡す株を差し引いていく。
先ほどの例なら、A証券は100株を渡す一方で70株を受け取るので、差し引き30株を渡す。B証券は20株、C証券は10株を受け取ればいい。
100株、80株、70株と個別に動かす代わりに、「Aが30株渡し、Bが20株、Cが10株受け取る」と整理する。
これが「ネッティング」と言われる作業だ。日本株では、日本証券クリアリング機構(JSCC)が、この中央清算機関の役割を担っている。
そして最後が「受渡」。
売り手から買い手へ株を移し、買い手から売り手へお金を移す。
ここで重要なのが、株とお金をセットで動かすことだ。株だけ渡したのにお金が来ない、あるいは、お金を払ったのに株が来ない、では困る。
そこで、証券の受け渡しと代金の支払いを相互に条件付ける。これがDvP(Delivery versus Payment)だ。
ここまで終わって、ようやく取引が完了する。
つまり、
「買うボタンを押す」
↓
「売り注文とマッチする」
↓
「売買が成立する」
↓
「取引内容を確認する」
↓
「渡す株と支払うお金を確定する」
↓
「株とお金を実際に移す」
ということをやっている。
こうした一連の作業を経て、日本株では約定日の2営業日後に受け渡しが行われる。これが「T+2」だ。
コンピューターの処理に2日かかるわけではない。多数の関係者による照合や承認、証券や資金を準備する時間などを含めて、現在の仕組みができあがっている。
さらに、このプロセスに、権利の移転を記録する「振替口座簿」という巧妙で、きわめて便利(少なくとも現時点では)な仕組みが組み合わさっている(機会があれば詳しく説明したい)。
これをブロックチェーンを使って再構築し、決済までの時間を「T+2」から「T+0」に大幅に短縮しようというわけだ。
「待つ」ことにも意味がある
では、「T+2」を「T+0」に短縮し、さらに売買のたびに即時決済するようになれば、すべてが効率的になるのだろうか。
ここで、少しややこしい話になる。
「清算」では大量の取引をまとめて、「最終的に、誰が何株、いくら渡せばいいのか」を整理すると書いた。
ところが、売買のたびに即時決済すると、まとめて差し引くための取引がたまらない。
つまり、「待つ」ことで効率化されていた部分がなくなる。ネッティングによって、株や資金の移動を少なくできていたが、それができなくなる。
一方、即時決済になれば、約定から決済までの間に取引相手が破綻するなど、未決済の状態で抱えるリスクは大幅に小さくなる。
速ければ速いほどいい、という単純な話ではないようだ。
「T+0」にする意味は
では、ブロックチェーンを使って、「T+0」を目指す意味はどこにあるのか。
現状の巧妙で便利な仕組みを捨てて、新たにブロックチェーンをベースとした仕組みにすることは、移行コストがかかり、リスクもある。
考えてみると、一般投資家にとっては、「約定」から後のプロセスは、ほぼ関係のない世界であり、ブロックチェーンベースになったからといって、株取引自体に大きな魅力が生まれるわけではない。
だが、機関投資家にとっては、状況は大きく変わる。現状の「T+2」では、大袈裟に言えば、資金が2日間「寝ている」ことになる。
だが、決済までの時間が「0」になれば、株の売却で得た資金をすぐに別の取引に使うことができる(ただ、話はややこしいが、先ほど書いたように、即時決済によってネッティングの効果が小さくなれば、逆に必要な資金が増える可能性もある)。
機関投資家にとっては、「T+2」が「T+0」になることは、単にスピードの問題ではなく、資金や資産をどれだけ効率よく使えるかという話になる。
取引全体のプロセスが速くなることで、誰の、どんなコストが減るのか。あるいは、今まで動かせなかったお金や資産が動くようになるのか。
そこまで実現して初めて、既存の金融インフラを変える意味が出てくる。
「T+0」はゴールではない
株を買ったのに、なぜ受け取るのは2日後なのか。最初は、単純な疑問だった。
だが調べてみると、その2日間には、照合、清算、ネッティングなど、取引を安全かつ効率的に成立させるために積み上げられてきた仕組みが詰まっている。それをブロックチェーンに置き換えて「T+0になりました」だけでは、金融インフラを作り直す理由としては弱い。
証券とお金が一体として動く。売却した資金を、その場で別の資産に回せる。
さらに、株やETF、債券、MMF、ステーブルコインなどがオンチェーンでつながり、必要に応じて行き来できる。
そこまでつながったとき、「T+0」の意味も変わってくるのだろう。
前回のコラムで、私は「金融って、結局は台帳なの?」と書いた。
台帳を書き換えるだけなら、一瞬でできそうに思える。だが、金融は台帳だけでは動かない。株を買ってから受け取るまでの「2日間」を調べてみると、そのことがよく分かる。
今、ブロックチェーンが変えようとしているのは、その「2日間」に詰め込まれた仕組みなのだろう。
|文:増田隆幸
|トップ画像:生成AIで作成


