「金融って、結局は台帳なの?」
約2カ月にわたって「金融×ブロックチェーン」スタディグループ(SG)に参加して、最後に私の頭に残ったのは、そんな極端な考えだった。
東京大学大学院工学系研究科ブロックチェーンイノベーション寄付講座は、2024年からブロックチェーン公開講座を開講、現在では4,000人を超える学習コミュニティへと発展している。2026年度からは、公開講座に加えて、ブロックチェーン応用実践プログラムを開始した。
応用実践プログラムには「金融×ブロックチェーン」「現代美術×ブロックチェーン」「モビリティ×ブロックチェーン」など、複数のSGが設けられた。
もともと私は、広告系のライティングに携わり、某ニュースサイトの海外記事担当を経て、NADA NEWS(旧CoinDesk JAPAN)に合流した。創刊半年後からの合流なので、約7年ほど、この領域をカバーしているが、金融のベーシックを学んだことはなかった。
応募には、複数の資料を理解したうえでの課題提出が求められた。締め切りギリギリの提出だったが、何とかクリアできた。
「金融×ブロックチェーン」SGは、その目的に「TradFiの構造を深く理解したうえで、ブロックチェーンによる金融インフラ再設計を議論できる人材育成」を掲げている。
取り扱うテーマは、「お金とはなにか」から始まり、銀行振込、クレカ・電子マネー・外為送金、証券の構造や移転、金融資産市場と前半でTradFi(伝統的金融)を押さえた後、DEX、DeFi、トークン化MMF、ステーブルコインへと移っていった。
後半のテーマは、NADA NEWSで日々取り上げているものだ。SGには毎回、ゲスト講師が招かれたが「あれ、増田さん、ここで何しているのですか」と不思議がられたこともあった。
8月6日に最後の第9回「ステーブルコイン」を終えて振り返ると、それまで別々に見えていたものが、一つの言葉でつながって見えるようになった。
「台帳」だ。

お金を動かすとは、台帳を書き換えること
例えば、銀行預金。
銀行口座に「100万円」と表示されていても、銀行の金庫に私の名前が書かれた100万円が置かれているわけではない。私が銀行に対して100万円の預金債権を持っていることが、銀行のシステムに記録されている。
送金すれば、その記録が書き換わる。考えてみれば、私たちが「お金を動かす」と呼んでいることの多くは、どこかにある台帳を書き換えることだ。
証券もそうだ。
かつては「株券」が存在したが、現在の上場株式は電子化されている。日本では証券保管振替機構(ほふり)を中心とする振替制度があり、口座簿への記録によって誰が何株を持っているのかが管理されている。
株式が売買されても、株券がAさんからBさんへ運ばれるわけではない。台帳の記録が書き換わる。
銀行預金と株式では、仕組みは違うが、「誰が何を持っているのかを記録し、それを書き換える」という考え方は同じだ。
そう考えると、ブロックチェーンも、突然現れた“異質な存在”ではなくなる。
ブロックチェーンは、分散型台帳(DLT)とも呼ばれる。従来の台帳と違うのは、誰が台帳を管理し、誰が書き換えを承認し、どうやって記録の正しさを担保するか、その仕組みだ。
「既存金融か、ブロックチェーンか」
以前は、ついそんな対立で考えてしまうことがあった。
だがSGに参加するうちに、金融とは「台帳をどう管理するか」という難しい課題に対する、大袈裟に言えば人類の長い闘い──工夫と改良の歴史だと見えてきた。
「台帳があればいい」わけではない
だが、話は台帳だけに留まらない。証券の仕組みについて学んでいて、私にとって大きかったのは、「記録があること」と「その記録が権利を表すこと」は同じではないということだった。
株券がデジタル化されたのだから、株式はデジタルな記録で管理されている。
ならば、その記録をブロックチェーンに移せば、株式をトークン化できる。そんなふうに考えたくなる。
しかし、単にデータベースやブロックチェーンに「増田 100株」と書けば、私がその会社の株式100株を持っていることになるわけではない。
重要なのは、どの記録に、法律がどのような効力を与えているかだ。
日本の振替株式では、法律に基づく振替口座簿への記録が権利の移転と結びついている。台帳に数字が書いてあるから株式なのではない。その記録に法的な意味を与える制度があるから、そこに「株式」が存在する。
当然と言えば、当然のことだが、ブロックチェーン上に株式を表すトークンを作り、移転できるようにしただけでは十分ではない。トークンが移れば、株式という法的な権利も移るのか。そこまで設計する必要がある。
「トークン化」という単語は、NADA NEWSでは何度も登場している。SGに参加して、その言葉の裏側にある問題がよりクリアになった。
技術は台帳を作れる。だが、それだけでは金融にならない

銀行は台帳を持っている。証券市場にも台帳がある。ブロックチェーンも台帳だ。
しかし、重要なのは台帳が存在することではなかった。
誰がその台帳を管理するのか。そこには何が記録されているのか。その記録は、どんな権利や価値を表しているのか。
そして、なぜ、その記録を社会は「正しい」と認めるのか。
ブロックチェーンを使えば、新しい台帳を作ることはできる。世界中で共有でき、24時間動き、プログラムから直接取引できる台帳だ。
だが、新しい台帳を作っただけでは、新しい金融は生まれない。
その記録にどんな法的意味を持たせるのか。誰が責任を負うのか。その記録を書き換えたとき、本当に権利や価値も移ったと言えるのか。
「オンチェーン化」とは、古いデータベースを新しいブロックチェーンに置き換えるだけの話ではない。台帳の周りに長い時間をかけて作られてきた法律や制度、信用や責任まで含めて、どう組み直すのか。
SGでは毎回、思いがけない角度からの質問や、簡単には理解できない高度な質問も飛び出した。
参加者からは「金融システムの歴史の積み上げを理解し、金融システム切替の難易度の確かさを実感できた」という声が聞かれた。「金融×ブロックチェーン」SGを運営した芝野恭平氏も「そもそも金融をオンチェーン化することは“進化”なのか?という点についてかなり謎が深まりました(?)」と振り返った。
金融機関、IT系企業、ブロックチェーン関連企業、コンサル、そして学生など、それぞれ立場は違っても、既存の仕組みを理解したうえでブロックチェーンの可能性を考えるという点は共通していたように思う。
約2カ月のSGを終えて、金融について詳しくなった、と胸を張って言えるほどではない。
だが、ステーブルコインやトークン化預金、セキュリティ・トークンのニュースを見るとき、「その台帳には何が記録され、どんな権利や価値が結びついているのか」と考えるようになった。
「金融って、結局は台帳なの?」
その正確な答えはまだ分からない。だが、金融を見る目は、少し変わったように思う。
|文・撮影:増田隆幸


