日本の株式市場が、ここ数十年で類を見ない好調な局面を迎えている。日経平均株価は6月に7万2000円を超えて取引を終え、日本市場の一つの象徴だった1989年の最高値を大きく上回った。[1]
しかし、私が注目しているのは別の数字だ。日本の家計が保有する金融資産のうち、1,126兆円は現金・預金で、家計金融資産全体の半分弱を占める。民間非金融法人企業も367兆円の現金・預金を抱えている。[2] 一方、大手銀行の普通預金金利は現在0.40%にとどまり、コアインフレ率は1.8%に達している。[3][4] 現金のまま保有していれば、その資産の購買力は年々低下する。ブロックチェーンは、こうした資金をより有効に活用するための一つの手段になり得る。
こうした多額の現預金は、日本人の慎重さの表れと受け止められがちだ。しかし私はむしろ、そこには世界でも有数の大きな成長機会が眠っていると考えている。同時に、これは日本に限らず、既存の金融インフラが抱える構造的な課題でもある。
2000年から2021年にかけて、家計金融資産は日本で1.4倍に増えた一方、米国では3.4倍に増加した。[5] 日本の家計が貯蓄をしてこなかったわけではない。貯蓄が十分に働いてこなかったのだ。
預金から資金を動かし、投資や事業など、より生産的な用途に振り向けようとしても、その仕組みはいまだ数十年前に設計された決済サイクルや営業時間に左右される。これは東京でもニューヨークでもロンドンでも変わらない。
例えば海外送金では、複数の銀行を経由するたびに手数料が発生するうえ、それぞれの銀行の営業時間にも縛られる。名古屋の部品メーカーが、20年来取引している顧客に対する1,000万円の売掛債権を持っていても、それを元手に簡単に資金調達できるとは限らない。
この時間差にはコストがある。送金や決済の途中にある資金は、送り手にも受け手にも利益を生まない。そうした資金を積み上げれば、本来なら収益を生んだり、資金調達コストを下げたりするために使える、相当な規模の資本になる。
では、ブロックチェーンによって、この状況は変えられるだろうか。

ブロックチェーンとは、価値の移転を記録する台帳を参加者間で共有する仕組みだ。時間帯を問わず、仲介者を何段階も経ることなく、数秒で決済できる。
これは、個人にとっての投資のあり方も変える。例えば、これまで最低1,000万円が必要だった投資商品を1万円単位に小口化できるようになる。取引の決済を待つ間、資金が遊休化する時間も減らせる。
1990年代、インターネットの登場によって情報の動き方が大きく変わった。それと同じように、価値そのものが動くようになったらどうなるだろうか。
日本は7月、この点で戦略的な決断を下した。国会は、暗号資産を資金決済法の対象から外し、金融商品取引法の枠組みに移す改正を決めた。[6]
これにより、日本の銀行はデジタル資産にどのルールが適用されるのかを明確に把握できるようになる。また、認可を受けた国内事業者を通じて取引する投資家については、2028年から、これまで最大55%に達する可能性があった課税ではなく、利益に対して一律20%の税率が適用される。[7]
規制の明確化は、多くの主要金融市場で、ブロックチェーン分野の企業や金融機関が長く求めてきたものだ。今回の制度改正により、日本は暗号資産を投資対象として扱うための規制枠組みを大きく前進させた。しかし、本当に重要なのは、制度を整えたことそのものではない。その制度の上で、どのような金融サービスが生まれるかだ。
日本企業はすでに動き始めている。
国内の金融機関や事業会社は、不動産や社債などを裏付けとするデジタル証券を発行しており、累計発行額は3,552億円に達した。2026年2月だけでも約859億円が新たに発行された。[8] その中には、大阪のオフィスタワーを裏付け資産とする558億円の案件も含まれている。かつてであれば、こうした資産に投資できるのは一部の機関投資家に限られていただろう。

また別の動きとして、国内3メガバンクも信託の仕組みを活用した円建てステーブルコインによる実取引を2026年度中に開始することを目指している。[9]
6月には国際決済銀行(BIS)も同じ方向性を示した。ステーブルコインが長期的に信頼される仕組みとなるためには、誰でも自由に発行できるものであってはならず、規制下にある銀行が発行し、中央銀行が発行する通貨で決済される必要がある、という考え方だ。[10]
企業の財務担当者にとって、これは極めて重要な点である。バランスシートに載せる資金は、速さよりもまず信頼性が求められる。中央銀行が発行する通貨に裏付けられた銀行発行のステーブルコインであれば、平時でも市場混乱時でも同じように機能することが期待できる。資金を数秒で動かせる企業ほど、手元に眠らせておかなければならない待機資金を減らすことができる。
具体的な取り組みも始まっている。
東証上場の物流企業AZ-COM丸和ホールディングスは7月、円建てステーブルコインを発行するJPYCに約10億円を出資し、2.9%の株式を取得すると発表した。[11] 両社の合意には、AZ-COM丸和のネットワークに参加する約3,000社の運送事業者を対象に、配送完了が確認された時点でブロックチェーンを通じて自動的に支払いを行う決済プラットフォームの構築も含まれている。[12]

この仕組みはまだ構想段階にある。しかし、実現した場合を想像してほしい。
土曜日の午後10時に配送を終えた運送事業者は、その場で支払いを受け取れる。しかも、そのために経理担当者が勤務している必要はない。ドライバー職の有効求人倍率が2.4倍を超える業界では、迅速な支払いは単なる業務効率化にとどまらず、人材確保の面でも意味を持つ。[13]
こうした初期の取り組みが重要なのは、制度と金融インフラを整えること自体がゴールではないからだ。重要なのは、その基盤を活用して企業や起業家がどのような新しいサービスを生み出すかである。
インターネットの基本的な標準が整備された当初、その上にどのようなサービスや産業が生まれるのかを、誰も完全には予測できなかった。この30年間、開発者や起業家がその基盤の上にサービスを積み重ねた結果、いまではインターネット上にまったく新しい経済圏が生まれている。
今年、デジタル資産をめぐる法律が整備されたことで、日本は金融インフラの近代化を、さらに加速できる立場にある。
重要なのは、その基盤の上に何をつくるかだ。
1,126兆円もの現預金を蓄積してきた世代に、数日単位の決済サイクルではなく、数秒で価値を動かせる金融商品を提供できるだろうか。[2]
名古屋の部品メーカーは、実際の取引データを反映した売掛債権を基に、より柔軟に資金調達できるようになるだろうか。
輸出企業は、商品が相手国に到着する前に代金を受け取れるようになるだろうか。
これらは、もはや制度そのものの問題ではなく、商品やサービスをどう設計するかという問題だ。そして、その答えを生み出す日本の銀行、証券会社、スタートアップこそが、世界が後に採用する標準をつくる可能性がある。
日本には、そうした経験がある。
高度経済成長期の日本を支えたのは、インフラと、それを活かす仕組みだった。1964年に開業した東海道新幹線もその一つだ。さらに、日本企業が発展させたジャスト・イン・タイム方式は、「動かずに滞留する在庫は無駄である」という考え方を世界に広めた。
真の価値が生まれたのは、インフラを整備したことだけではない。その上に企業や人々が新しい仕組みをつくったからだ。
金融インフラも、運ぶものが違うだけで発想は同じである。そして今、世界が日本市場に改めて注目する中、日本は新しい金融インフラを整えようとしている。
このような機会が一国に訪れるのは、数世代に一度かもしれない。そして、そうした時期につくられたインフラや仕組みは、その時の景気循環が終わった後にも残る。
日本経済の再浮上は、ブロックチェーンなしに始まった。
ブロックチェーンは、その勢いをさらに大きなものへと押し上げる力になり得る。
【脚注】
[1] 日本経済新聞社「Nikkei 225 Historical Data」2026年。 https://indexes.nikkei.co.jp/en/nkave/archives/data
[2] 日本銀行「資金循環統計 2026年第1四半期速報」2026年6月25日。2026年3月31日時点で、家計金融資産2,386兆円のうち、現金・預金は1,126兆円(47.2%)。民間非金融法人企業は、金融資産1,829兆円のうち367兆円(20.0%)を現金・預金として保有。 https://www.boj.or.jp/statistics/sj/sjexp.pdf
[3] 三菱UFJ銀行「円普通預金金利の改定について」2026年6月16日。2026年8月3日から普通預金金利を0.30%から0.40%に引き上げ。みずほ銀行、三井住友銀行も同水準。 https://www.bk.mufg.jp/news/news2026/pdf/news0616_1.pdf
[4] 総務省統計局「2026年7月分 消費者物価指数」2026年8月21日公表。生鮮食品を除く総合指数は前年同月比1.8%上昇、生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数は1.9%上昇。 https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.html
[5] 内閣官房 新しい資本主義実現会議「資産所得倍増に関する基礎資料」2022年10月。2000年末から2021年末までの家計金融資産は、日本1.4倍、米国3.4倍、英国2.3倍。うち運用リターンによる増加は、日本1.2倍、米国2.6倍、英国1.6倍。 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/bunkakai/sisanshotoku_dai1/siryou3.pdf
[6] 「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律」(2026年法律第64号)。2026年7月15日成立、7月23日公布。暗号資産を金融商品取引法の規制対象へ移行。ステーブルコインについては引き続き資金決済法の対象。 https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/221/meisai/m221080221057.htm
[7] 財務省「令和8年度税制改正の大綱」2025年12月26日閣議決定。国内の登録業者を通じて取引される一定の暗号資産について20%の申告分離課税を適用。改正法施行後の翌年1月1日から適用。 https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/20251226taikou.pdf
[8] Progmat「デジタル証券市場のファクトデータ」2026年3月2日。累計発行額3,552億円、84件。2026年2月には5件、859億円が新規発行され、この中には堂島浜タワーを裏付け資産とする558億円の不動産セキュリティトークンが含まれる。 https://progmat.co.jp/【定期更新】デジタル証券市場のファクトデータ/
[9] 三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行、ステーブルコイン発行の枠組みに関する共同発表、2026年6月10日。 https://www.bk.mufg.jp/news/news2026/pdf/news0610.pdf
[10] 国際決済銀行(BIS)「Anchoring trust in money: innovation beyond stablecoins」Annual Economic Report 2026, Chapter III、2026年6月23日。 https://www.bis.org/publ/arpdf/ar2026e3.htm
[11] 日本経済新聞「AZ-COM丸和、JPYCへの2.9%出資を正式発表」2026年7月22日。B1種優先株式11万6,000株を1株8,630円で取得し、総額10億100万円。希薄化前の議決権比率2.9%。JPYCは2026年8月5日、資金調達完了を発表。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC227350S6A720C2000000/ https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000328.000054018.html
[12] JPYC「AZ-COM丸和ホールディングスとの資本業務提携について」2026年7月22日。JPYCを活用した決済プラットフォームや、GPS・配送完了データを活用して配送確認後に自動で支払いを実行する仕組みを構想。AZ-COMネットワークの会員企業は2026年6月末時点で2,968社。初期の支払い対象として約2,300社の協力会社・個人事業主を想定。 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000327.000054018.html
[13] 厚生労働省「一般職業紹介状況 2026年6月分」2026年7月31日公表。自動車運転従事者の有効求人倍率は2.42倍。全職業では1.01倍(パートを含む、原数値)。 https://www.mhlw.go.jp/content/11602000/001728873.pdf
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|編集:NADA NEWS編集部
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