エックスウィン アメリカマーケットリサーチアナリストのデリア・ロホです。
サンフランシスコから、今回はジャクソンホールで行われたケビン・ウォーシュFRB議長の基調講演についてお伝えします。
私は昨日の記事で、「今年のジャクソンホールで見るべきなのは、次に金利をどうするかだけではなく、ウォーシュ議長がこれからの金融政策をどう考えているのかだ」と書きました。
実際に講演を聞いてみて、その思いはさらに強くなりました。
今回、ウォーシュ議長は市場が期待するような「次は利下げする」という明確なシグナルを出しませんでした。
むしろ私が最も強く感じたのは、
「アメリカ経済は強い。しかし、インフレとの戦いはまだ終わっていない」
というメッセージでした。
アメリカ経済は、本当に弱いのでしょうか
ウォーシュ議長が今回強調したのは、米国経済の強さです。
実質個人消費は過去4四半期で2%以上増加。民間国内最終購入は今年これまで約3%のペースで伸びています。
失業率は4.1%。失業保険申請も歴史的に低い水準にあり、ウォーシュ議長は現在の労働市場について「完全雇用と整合的」と評価しています。
企業も弱くありません。
設備や無形資産への投資は4四半期で約9%増加し、2021年以来の高い伸びとなっています。その半分以上がAI関連投資による可能性があるとしています。
S&P500企業の利益も過去1年間で20%以上増加しました。
つまり、少なくともウォーシュ議長の目には、現在のアメリカは「利下げしなければ景気が壊れてしまう」という状態には映っていません。
ここが市場にとって重要です。
でも、生活している私たちには別の景色があります
一方、アメリカ人として私が今回の講演で最も気になった数字は、株価でもGDPでもありません。
PCEインフレ率3.7%です。
6カ月ベースでは4.1%。FRBが目標とする2%から、まだかなり離れています。
ウォーシュ議長はさらに、PCEを構成する199項目を分析し、過去12カ月で財・サービスの54%が3%を超えて値上がりしていると説明しました。
これは私たちの生活感覚とも重なります。
サンフランシスコで暮らしていると、スーパーで食料品を買うとき、外食するとき、家賃やサービス料金を支払うとき、以前より生活コストが高くなったと感じる場面は珍しくありません。
統計上、インフレ率がピークから下がったとしても、それは「物価が元に戻った」という意味ではありません。
高くなった価格が、さらに上昇するスピードが少し遅くなっただけの場合もあります。
だから、ウォール街が「いつ利下げするのか」と考えている一方で、一般のアメリカ人にとって重要なのは、
「毎日の生活費はいつ落ち着くのか」
ということなのです。
ウォーシュ議長が最も警戒しているもの
今回の講演で印象的だったのは、ウォーシュ議長が2%のインフレ目標について非常に明確だったことです。
2%は「固く、固定された目標」であり、物価安定は自然に戻ってくるものではない。
FRB自身が実現しなければならない、と強調しました。
さらに、
「65カ月にわたる持続的で高いインフレの責任は、中央銀行に真っ直ぐに帰属する」
という趣旨まで述べています。
私は、この言葉はかなり重いと思います。
インフレについて政府や企業、サプライチェーンなど外部要因だけを理由にするのではなく、中央銀行自身が責任を負うべきだと議長自ら認めているからです。
そして結論も明確でした。
基調インフレが2%へ十分な速度で向かっていると確信できなければ、
「私たちにはやるべき仕事がある」
ということです。
だから「早期利下げ期待」には注意が必要
市場にとって、ここが今回のジャクソンホールの最大のポイントだと思います。
ウォーシュ議長は利上げを宣言したわけではありません。
しかし、利下げを約束したわけでもありません。
むしろ、経済成長、企業利益、設備投資、消費、雇用が依然として強く、金融環境についても「引き締め的と表現するのは難しい」と述べています。
その一方で、インフレは3.7%。
この組み合わせであれば、FRBが急いで金融緩和へ向かう必要性は小さくなります。
ビットコインを含むリスク資産にとっては、ここを冷静に見る必要があります。
「景気が強い=株やBitcoinにプラス」と単純には言えません。
景気が強すぎてインフレが下がらなければ、金利が高い状態が長く続く可能性があるからです。
AIについて多くを語った理由
ただし、今回の講演を単なる「タカ派発言」と見るのも違うと思います。
ウォーシュ議長は講演のかなりの部分をAIに使いました。
AIが生産性を大幅に高めるのか。労働を補完するのか、代替するのか。半導体、エネルギー、クラウド、AIモデルなどに生まれる利益が、最終的に企業や消費者へどう広がるのか。
FRB自身も、まだ答えを持っていません。
しかし、これは非常に重要な問題です。
もしAIによってアメリカの生産性が大きく上昇すれば、経済はこれまでより高い成長率を維持しながら、インフレを抑えられる可能性があります。
つまりAIは、テクノロジー企業だけのテーマではなく、将来のFRBの金融政策そのものを変える可能性があるのです。
Bitcoin投資家が見るべきもの
昨日の記事で私は、今年のジャクソンホールでは「FRBがこれからのお金をどう考えているのか」に注目したいと書きました。前日の記事では、今年の会議テーマが金融イノベーションであり、暗号資産やステーブルコインも中央銀行の議論の中に入ってきた点を指摘しました。
講演を聞いた今、もう一つ付け加えたいと思います。
Bitcoin投資家が見るべきなのは、次回FOMCで0.25%利下げするかどうかだけではありません。
インフレが本当に2%へ向かっているのか。
AI投資が米国経済の生産性をどこまで押し上げるのか。
そしてFRBが高金利をいつまで維持する必要があるのか。
この3つです。
今回、ウォーシュ議長は将来の金利について答えを与えませんでした。
それは偶然ではありません。
彼自身が今回の講演で、従来型の「フォワードガイダンス」に距離を置く考えを明確にしたからです。
講演の最後にウォーシュ議長は、
「私は今日、決定にではなく、規律にコミットしてここに立っています」
と述べました。
私は、この言葉が今回のジャクソンホールを最もよく表していると思います。
市場は「次の利下げ」を知りたがっています。
でもFRBが今見ているのは、その先です。
そしてサンフランシスコで暮らす一人のアメリカ人としては、株価が上がること以上に、スーパーやレストランで感じる物価高が本当に落ち着いていくのか。
そこにこそ、今回のFRBの判断の意味があると思っています。
デリア・ロホ
エックスウィン アメリカマーケットリサーチアナリスト


