「我々は今は素人ですから」——。
昨年12月、創業300年を超える老舗トイレメーカー、アサヒ衛陶が暗号資産の運用事業への参入を発表した直後の取材で、同社管理本部経営企画部マネジャーの森本氏は、そう語っていた。
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それから半年。同社はDeFi(分散型金融)のテスト運用において、同社帰属分(手数料等控除後)で「年利換算14.6%(暗号資産ベース)」という実績を叩き出した。
暗号資産の相場環境が悪化し、事業の撤退を表明するDAT(暗号資産トレジャリー)企業も少なくない中でのこの結果は、先行する企業に驚きを持って受け止められたはずだ。
実績の裏側を聞くべく再び取材を申し込んだ筆者は、あの時の「今は」という言葉の真意を思い知ることになる。
森本氏の口から飛び出したのは、素人という言葉からは程遠い、緻密なDeFi戦略だった。
14.6%は「期待外れ」だった
「14.6%」という数字は、伝統的な金融の世界から見れば破格の利回りだ。
しかし、DeFiに馴染みのない読者のために説明すると、「流動性提供(LP)」と呼ばれる手法──分散型取引所(DEX)の流動性プールへ自社の暗号資産を供給し、その見返りとしてユーザーのスワップ時に発生する取引手数料を受け取る運用──においては、決して珍しい数字ではない。
事実、アサヒ衛陶の社内におけるこの数字の評価は、意外なほど冷静だった。
「市場が活況ではない中で14.6%出ているのは良いほうだとは思っている。ただ、当初の予定では本来なら20%以上という想定もあった。理論値としてはもっと高いパフォーマンスを秘めている事業だというのが、社内的な本音だ。期待値よりかは下の数字だった」
なぜ期待を下回ったのか。理由は明確だった。
彼らは今回、イーサリアムと互換性を持つ特定のネットワーク(EVM系チェーン)を選び、ビットコイン(BTC)連動資産やUSDCなどの安定した通貨ペアでテストを行った。
しかし、その期間中、選んだネットワーク全体の取引量が極端に少なかったのだという。
「流動性提供による手数料収益は、取引所の出来高に直結する。我々が選んだチェーンの出来高が非常に小さかった。これが他の活発なネットワークであれば全然違う結果になっていたというデータは得られている。だから、この数字に対して不安は全くない」
上場企業の壁を越えるガバナンス
DeFiの世界には、より高い利回りを狙えるネットワークや運用手法も存在する。
しかし今回、同社は価格変動(ボラティリティ)の激しい運用を見送り、相対的に安定したイーサリアム系の運用に一本化する判断を下した。
背景にあるのは、上場企業特有の「決算」という壁だ。
アサヒ衛陶の場合、四半期決算ごとに保有・運用する暗号資産を時価評価する必要があり、その数字は事業部や経営層へのシビアな評価に直結する。
だからこそ彼らは、相場の変動によるリスクを、取引量に応じたインカムゲイン(手数料)でカバーする論理を徹底している。
価格が上昇しようと下落しようと、自社のPL(損益計算書)に直接響くのはトランザクションの回数によって増減する手数料収益だ。そのため、DEX内での出来高を見極めることが運用計画の根幹となる。
BS(貸借対照表)上の資産をただ保有しておくことではなく、積極的にPLへ転換し、同社の利益、インカムフローにインパクトさせる戦略だ。
流動性提供という仕組み上、価格変動に伴ってシステムが資産割合を自動調整する過程で、一時的な資産価値の目減り(インパーマネントロス)が生じうる。インパーマネントロスは、暗号資産の枚数が減る直接的な損失ではなく、価格変動によって生じる「機会損失」に近い概念だ。
「仮にインパーマネントロスの積み上げで資産が目減りしたとしても、インカムとして入ってくる手数料の方が多い。過去の実績やシステム上の評価を踏まえても、手数料収益がロスを上回るという自信を持っているし、手数料によって得る暗号資産で枚数は積み上がっていく」
特筆すべきは、こうした未知のリスクに対して、どのように社内の説得材料を揃え、運用ルールを敷いたか、という点だ。仕組み上生じうる一時的な会計上の評価損についても、森本氏はこう答える。
「最終的に経営陣の判断になるため確定とは言えないが、途中の時価下落による評価損をもって、この運用のパフォーマンスを否定する話にはならないと思っている。そういったリスクがそもそも存在することを社内で共有し、説明を尽くした上で参入しているからだ」
単なる個人の投資家であれば、感覚でリスクを取れる。
しかし上場企業は、未知のリスクを論理的に分解し、経営陣や監査法人に説明して「機関決定」を下さなければならない。彼らは外部の補助ツールを使いつつも、投資判断の主導権は社内で握っている。
「上場企業としてしっかりとガバナンスを効かせ、ゼロから内部統制を構築して、ここまでアグレッシブにDeFiに挑戦している企業は他に聞いたことがない」
最大26億円投資へ、本格運用開始
テスト運用で手応えを得たアサヒ衛陶は、次のフェーズへ進む。
資金調達(MSワラントの行使)で得た資金を活用し、数カ月以内に約3億円の追加投資を行う計画だ。この段階的な投資で、最終的な運用規模としては約26億円を見据えている。
次のテストフェーズの3億円で彼らが挑むのは、イーサリアムと互換性を持つ複数の主要ネットワークと通貨ペアを組み合わせた、20を超えるポートフォリオの構築だ。ここで鍵を握るのが価格レンジの設定だという。
「流動性を提供する際、どの価格帯(レンジ)に資金を集中させるかがミソになる。レンジを狭く絞れば高い手数料を得られるが、相場が少し動いただけでレンジから外れ、手数料がもらえなくなる機会損失や、資産が目減りするリスクも増える。逆に広くすれば安全だが、儲けは減る」
どのネットワークで、どの通貨ペアで、どのくらいの価格レンジを設定するのが一番儲かるのか──。20以上の組み合わせを同時に走らせることで、最大26億円を運用するための最適解を見つけ出すのが今回の目的だ。
「この組み合わせを広げることで、中には暗号資産ベースで40%~50%といったパフォーマンスを出すものもあると思っている。逆に10%を切るような失敗例も出るだろう。その結果で得られる情報とノウハウが財産となるし、当初の目標利回り年率20%(暗号資産ベース)は十分に超えていけると感じている」
「新株予約権の行使時期や調達規模で最終的な投資価額が上下変動する可能性はあるが、当初予定の約26億円規模の運用になれば、来期1年間でのインパクトはそれなりに大きく得られると手ごたえを持っている」
異彩を放つ300年企業
インタビューの終盤、流れるように専門的なロジックを語る森本氏に「本当にプロのトレーダーのようですね」と水を向けると、彼は照れ臭そうに笑った。
「格好つけてしゃべっているが、本当は悩みながらやっている。夜中に一人でChatGPTに『これどういう意味?』と聞きながら、なんとか理解している(笑)。外部専門家の協力を得ながら市場環境、流動性状況、価格の変動等などの情報を分析してノウハウを積み上げている」
一連の話を聞いて筆者が感心したのは、「14.6%」という数字そのものよりも、彼らがこの短期間で身につけた知識量の多さだ。
AIに頼りながらでも未知の領域を理解しようとする実務担当者の姿勢こそが、上場企業のガバナンスの壁を越え、数十億円規模の運用へ踏み出すための最大の原動力になっているのだろう。
冒頭でも触れたように、足元の暗号資産市況は平坦ではない。ビットコイン価格が1000万円を割り込むなど相場環境が悪化し、事業の撤退を選ぶ企業もある。
そんな逆風の環境下において、テスト運用で結果を出し、さらに数十億円規模という本格的なDeFi事業へと乗り出す同社のような上場企業は、稀有な存在と言える。
アサヒ衛陶は、今からおよそ300年前の江戸・享保年間に、現在の大阪市住吉区で「いぶし瓦」の製造販売を手掛けたことからその歴史をスタートさせたという。
3世紀にわたってモノづくりの伝統を受け継いできた老舗メーカーが今、DeFiの世界で異彩を放っている。
この一見アンバランスな構図こそがWeb3という世界観そのものを体現しているようで、おもしろい。
|文・取材:栃山直樹
|画像:アサヒ衛陶ウェブサイトから(キャプチャ)



