ここ最近、企業の顧客情報流出のニュースを見ない日がない。
前日16日には、日経新聞が約183万件、ヤマト運輸が531万件の漏えいを公表した。9月末にはタイムズカーで、運転免許証の画像まで流出した。
私のもとにも、ここ数日で立て続けにお詫びのメールが届いた。


自分の名前や住所が、どの会社に、どれだけ預けてあるのか。正直、私も把握していない。
会員登録のたびに入力し、本人確認のたびに免許証を撮って送ってきた。情報は企業に預けて、守ってもらうもの。他の持ち方を考えたこともなかった。
ただ、ブロックチェーンを触るなかで出会った「情報の持ち方」は、この当たり前とはだいぶ違う。
初めてのウォレットとシードフレーズ
初めて自分のウォレット(暗号資産を保管・送受信するためのアプリ)を作ったとき、画面に12個の英単語が並び、紙に書き写して保管するよう表示された。
ウォレットを復元するための、シードフレーズ(パスワードのようなもの)だ。
注意書きは妙に念入りだった。スクリーンショットは撮らない。誰にも見せない。なくしたら、運営会社に問い合わせても戻らない。
一語ずつ書き写しながら、手が緊張でこわばった。
パスワードを忘れても「再設定」のボタンがある世界に慣れきっていた。ここでは、この紙がすべてで、守るのは自分しかいない。
bitcoin論文が示すプライバシー
ブロックチェーンでは、世界中の参加者が同じ台帳のコピーを持ち、その中身は基本的に誰でも見られる。
では、プライバシーはないのか。ビットコインの考案者、サトシ・ナカモトの論文には、そのための章がある。
2008年10月31日(米国時間)に公開され、今月末でちょうど18年になる論文だ。

従来の銀行は、情報を見られる人を絞ることでプライバシーを守ってきた。ビットコインは取引を公開する代わりに、取引と人を結びつけないことでプライバシーを保つ。
企業が顧客情報を守るやり方は、まさに前者だ。中身を金庫にしまい、見られる人を限る。
ブロックチェーンは、金庫を持たない代わりに、名札を外すことを選んだ。守り方の発想そのものが逆なのである。
履歴が全部…作法を思う
ある日、ブロックエクスプローラーに自分のアドレスを入れてみた。初めて買ったNFT(デジタルアート)から最近の送金まで、全部がそのまま並んでいた。
「なるほど」と思った。名前は出ていないが、このアドレスが自分のものだと知る人から見れば、行動はすべて筒抜けだ。
そこで頭に浮かんだのは、セキュリティよりも”お作法”のことだった。
たとえば、あるクリエイターの作品を「大好きです」と語りながら、値上がりした途端にすぐ売る。普通の世界なら誰にも分からないが、ここでは購入日も売却日も金額も残る。
NFTのコミュニティで、ウォレットの履歴がその人の信用スコアのように見られるのはこのためだ。
どのコレクションを持ち、誰と取引してきたかで、人とのつながりまで透けて見える。言葉ではなく、行動の記録で信頼が測られる。
匿名ではなく仮名
ブロックチェーンは匿名だ、とよく言われる。正確には「仮名」に近い。
名前の代わりに、アドレスという仮の名前で記録されているだけだ。
SNSにアドレスを載せたり、仕事の報酬を暗号資産で受け取ったりすれば、そのアドレスが誰のものかは相手に分かる。仮名と本人は、案外簡単に結びつく。
そして台帳は消えない。一度結びつけば、過去の取引までさかのぼれてしまう。
このリスクには、ナカモト自身も論文の同じ章で触れている。鍵の持ち主が明らかになれば、その人の他の取引までたどられうる、と。

こうした「全部見える」性質に対して、見せる相手を選べるような、プライバシーを重視するブロックチェーンも出てきている。
根幹を支えるのがゼロ知識証明(ZKP、zero-knowledge proof)という技術で、たとえば生年月日を見せずに「20歳以上」であることだけを示せる。
免許証の画像を丸ごと送ってきた身からすると、ずいぶん違う発想に思える。
Not your keys, Not your coins
暗号資産を持つ人の多くも取引所に預けている。私もそうだ。
シードフレーズの紙の重さを知っているからこそ、つい便利なほうを選んでしまう。
そして大きな流出は、まさにその預け先で起きてきた。2018年のコインチェックでは約580億円相当、2024年のDMMビットコイン(のちに廃業)では約482億円相当の暗号資産が流出した。
ブロックチェーンではなく、それを管理する人と仕組みが狙われたのだ。今回の企業の流出と、構図はよく似ている。
業界には「Not your keys, Not your coins(鍵を持たなければ自分のコインではない)」という言葉がある。
自分で鍵を持つ自由は、そのまま自分で守る責任でもある。
預ける以外の持ち方を知っておく
全部が見える、記録が消えない、鍵をなくせば戻らない。ブロックチェーンの情報の持ち方は、決して扱いやすいものではない。
それでも、12個の単語を紙に書いたあの夜から、自分の情報が誰の手にあるのかを考えるようになった。
情報は「預けて守ってもらう」だけのものではない。
名札を外す、見せる相手を選ぶ、中身を見せずに証明する―。
そういう持ち方を知っておくだけで、流出ニュースの見え方も少し変わるはずだ。
|文:栃山直樹
|画像:生成AIで作成


