取引の中身を伏せられるプライバシー系の暗号資産(仮想通貨)が買われている。ジーキャッシュ(ZEC)の時価総額は9位まで上がった。
同じ系統のモネロ(XMR)も12位につけている。そのモネロは、8月に公表された令和8年警察白書にも登場する。犯罪収益を匿名性の高い通貨に換えていたグループの事例としてだ。
取材の現場でも、このところプライバシーという言葉をよく聞く。「ミッドナイト(Midnight)」というブロックチェーンを検討しているという話が、業種の違う相手から続けて出た。
その一人は、こう言った。
「取引の中身が全世界に公開される台帳に、事業の根幹を載せられるわけがない」
ブロックチェーンを使いたくない、という意味ではない。使おうとすると、「透明性」の壁に当たる。
丸見えの台帳
ブロックチェーンの取引を検索できるサイトBlockchairを開いてみる。

イーサリアム(ETH)の送金は、誰のものでも見える。送り主、送り先、金額、時刻が並ぶ。37億件を超える全履歴が並び、一括での取得もできるようになっている。
アドレスに名前は書かれていない。ただ、この状態は匿名性とは区別され、仮名性と呼ばれる。支払いをすれば取引先にアドレスを教えることになり、一社に教えれば、その一社からは他の取引も見えてしまう。
事業の支払いをブロックチェーンに載せることは、取引先の一覧を競合に渡すのとあまり変わらない。
隠すだけでは足りない
同じサイトでジーキャッシュを見ると、金額の欄が空欄になっている取引が混じる。シールド取引と呼ばれるもので、送り主も送り先も記録されていない。

空欄の取引を開いても、出てくるのはハッシュ(取引ごとの識別番号)と日時、手数料だけだ。

ただし、シールド取引が隠すのは、コインが誰から誰にいくら動いたかという送金の情報である。
企業が伏せたいのは、契約の条件や顧客の情報、取引先ごとの単価といった、業務そのもののデータだ。
しかも、企業が求めているのは全てを隠すことではない。中身が誰にも見えない帳簿では、監査にも、取引先への証明にも使えない。
見せる相手を選ぶ仕組み
そこで使われるのがゼロ知識証明(ZKP、zero-knowledge proof)である。中身を渡さずに、条件を満たしていることだけを数学的に示す技術だ。
例えば、年収の額を明かさないまま、一定額以上あることを証明できる。
ブロックチェーンのために生まれた技術ではない。調べると1985年の論文にさかのぼる暗号理論の概念で、当初は本人認証や電子署名への応用が研究されていた。
全公開でも全秘匿でもなく、誰に何を見せるかを設計する。選択的開示と呼ばれ、デジタルIDの分野でも使われる言葉だ。
3月にメインネットが稼働したミッドナイトは、選択的開示を前提に設計されている。ホワイトペーパーは、この考え方を合理的プライバシー(Rational privacy)と呼ぶ。
データそのものはチェーンに置かず、自社の手元に残す。チェーンに書き込むのは、そのデータを使った計算が正しかったという証明だけだ。
ミッドナイトを手がけるチャールズ・ホスキンソン(Charles Hoskinson)氏は2月のNADA NEWSのインタビューで、大企業がブロックチェーンに来ない理由をこう語っていた。

「トヨタやソニー、マイクロソフトといった大企業が、なぜまだ本格的にブロックチェーン市場に参入しないのか。パイロットプロジェクトや社内研究チームはあっても、決定的な壁があった。ビジネスロジックを全部公開するわけにはいかない、という点だ」
金融機関が使う基盤も同じだ。米Digital Asset(デジタルアセット)社が開発するCanton Network(カントン・ネットワーク)は、JPモルガンやVisaも参画するネットワークである。
公式の説明では、取引を関係者ごとに分解して暗号化し、権限のある相手にだけ届ける。権限のない部分は、中身も取引相手の情報も見えないという。
同社CEOでCantonの共同創設者であるユヴァル・ルーズ(Yuval Rooz)氏は5月のNADA NEWSの取材で、こう語っていた。
「今この瞬間、伝統的なトップ金融機関がイーサリアム上で実際のビジネスを運用している例は、一つとして起きていない。金融機関には規制上、すべての取引データをパブリックに開示できないという制約がある」
日本でも4月、金融庁が主導するプロジェクトの支援のもと、国債の担保管理の実証基盤にCantonが採用された。
イーサリアムのヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏も、8月に更新された長期ロードマップの重点にプライバシー強化を挙げた。ユーザーのプライバシーを最優先するネットワークになる、と書いている。
取引が誰にでも見えることは、ブロックチェーンの当たり前だった。その当たり前が、事業で使おうとする側から変わり始めている。
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|文:栃山直樹
|画像:Adobe Stock