ブロックチェーンのプライバシー、静かに本流へ移りつつある【記者コラム】

取引の中身を伏せられるプライバシー系の暗号資産(仮想通貨)が買われている。ジーキャッシュ(ZEC)の時価総額は9位まで上がった

同じ系統のモネロ(XMR)も12位につけている。そのモネロは、8月に公表された令和8年警察白書にも登場する。犯罪収益を匿名性の高い通貨に換えていたグループの事例としてだ。

取材の現場でも、このところプライバシーという言葉をよく聞く。「ミッドナイト(Midnight)」というブロックチェーンを検討しているという話が、業種の違う相手から続けて出た。

その一人は、こう言った。

「取引の中身が全世界に公開される台帳に、事業の根幹を載せられるわけがない」

ブロックチェーンを使いたくない、という意味ではない。使おうとすると、「透明性」の壁に当たる。

丸見えの台帳

ブロックチェーンの取引を検索できるサイトBlockchairを開いてみる。

Table of Ethereum transactions showing hash, time, sender, recipient, and value in ETH (e.g., 0x9c8...e8d4, 2015-08-08, 0x5Ab...356f9, 11,901,464.23948 ETH)
イーサリアムの取引一覧(Blockchair、2026年9月20日取得)

イーサリアム(ETH)の送金は、誰のものでも見える。送り主、送り先、金額、時刻が並ぶ。37億件を超える全履歴が並び、一括での取得もできるようになっている。

アドレスに名前は書かれていない。ただ、この状態は匿名性とは区別され、仮名性と呼ばれる。支払いをすれば取引先にアドレスを教えることになり、一社に教えれば、その一社からは他の取引も見えてしまう。

事業の支払いをブロックチェーンに載せることは、取引先の一覧を競合に渡すのとあまり変わらない。

隠すだけでは足りない

同じサイトでジーキャッシュを見ると、金額の欄が空欄になっている取引が混じる。シールド取引と呼ばれるもので、送り主も送り先も記録されていない。

A table listing multiple transaction rows with columns for Address, Amount (3,491,112), Blocks, Inputs, Outputs, Timestamp (2026-09-21 12:13:43 UTC), and Balance in ZEC (some rows show a dash).
ジーキャッシュの取引一覧(Blockchair、2026年9月21日取得)

空欄の取引を開いても、出てくるのはハッシュ(取引ごとの識別番号)と日時、手数料だけだ。

Zcash トランザクションの詳細: ブロック内 3,491,112 が確認済み。8分前、時刻は UTC、手数料0.0001 ZEC(約0.15 USD)。
シールド取引の詳細画面(Blockchair、2026年9月21日取得)

ただし、シールド取引が隠すのは、コインが誰から誰にいくら動いたかという送金の情報である。

企業が伏せたいのは、契約の条件や顧客の情報、取引先ごとの単価といった、業務そのもののデータだ。

しかも、企業が求めているのは全てを隠すことではない。中身が誰にも見えない帳簿では、監査にも、取引先への証明にも使えない。

見せる相手を選ぶ仕組み

そこで使われるのがゼロ知識証明(ZKP、zero-knowledge proof)である。中身を渡さずに、条件を満たしていることだけを数学的に示す技術だ。

例えば、年収の額を明かさないまま、一定額以上あることを証明できる。

ブロックチェーンのために生まれた技術ではない。調べると1985年の論文にさかのぼる暗号理論の概念で、当初は本人認証や電子署名への応用が研究されていた

全公開でも全秘匿でもなく、誰に何を見せるかを設計する。選択的開示と呼ばれ、デジタルIDの分野でも使われる言葉だ。

3月にメインネットが稼働したミッドナイトは、選択的開示を前提に設計されている。ホワイトペーパーは、この考え方を合理的プライバシー(Rational privacy)と呼ぶ。

データそのものはチェーンに置かず、自社の手元に残す。チェーンに書き込むのは、そのデータを使った計算が正しかったという証明だけだ。

ミッドナイトを手がけるチャールズ・ホスキンソン(Charles Hoskinson)氏は2月のNADA NEWSのインタビューで、大企業がブロックチェーンに来ない理由をこう語っていた。

Three people in a cozy living room have a discussion; one writes in a notebook while two others talk, with a laptop and cups on a coffee table nearby.
2026年2月、NADA NEWSのインタビューに応じたチャールズ・ホスキンソン氏(中央)

「トヨタやソニー、マイクロソフトといった大企業が、なぜまだ本格的にブロックチェーン市場に参入しないのか。パイロットプロジェクトや社内研究チームはあっても、決定的な壁があった。ビジネスロジックを全部公開するわけにはいかない、という点だ」

金融機関が使う基盤も同じだ。米Digital Asset(デジタルアセット)社が開発するCanton Network(カントン・ネットワーク)は、JPモルガンやVisaも参画するネットワークである。

公式の説明では、取引を関係者ごとに分解して暗号化し、権限のある相手にだけ届ける。権限のない部分は、中身も取引相手の情報も見えないという。

同社CEOでCantonの共同創設者であるユヴァル・ルーズ(Yuval Rooz)氏は5月のNADA NEWSの取材で、こう語っていた。

「今この瞬間、伝統的なトップ金融機関がイーサリアム上で実際のビジネスを運用している例は、一つとして起きていない。金融機関には規制上、すべての取引データをパブリックに開示できないという制約がある」

日本でも4月、金融庁が主導するプロジェクトの支援のもと、国債の担保管理の実証基盤にCantonが採用された。

イーサリアムのヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏も、8月に更新された長期ロードマップの重点にプライバシー強化を挙げた。ユーザーのプライバシーを最優先するネットワークになる、と書いている。

取引が誰にでも見えることは、ブロックチェーンの当たり前だった。その当たり前が、事業で使おうとする側から変わり始めている。

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|文:栃山直樹
|画像:Adobe Stock