ビットコインを企業の財務資産として保有する「DAT(Digital Asset Treasury)」企業に、大きな転換点が訪れている。
英Financial Times(FT)は8月27日、ビットコインを大量保有する主要50社の合計時価総額が、2025年7月の約1,500億ドルから2026年8月には約670億ドルまで縮小したと報じた。
わずか1年余りで、800億ドルを超える企業価値が消失した計算になる。FTによれば、多くの企業の株価はビットコイン戦略を打ち出す前の水準を下回り、50社のうち35社では株価がピークから50%以上下落した。
これは単に「ビットコイン価格が下落した」という話ではない。より重要なのは、これまで株式市場がDAT企業に与えてきた、
「BTCを保有している会社だから、保有資産以上の価値がある」
というプレミアムそのものが急速に剥がれていることである。
Strategyが作った「BTCトレジャリー」という成功モデル
このモデルを世界に広げたのが、旧MicroStrategy、現在のStrategyだ。Strategyは株式や転換社債、優先株などを使って資本市場から資金を調達し、それをビットコイン購入に振り向けてきた。
BTC価格が上昇し、さらにStrategy株に高いプレミアムが付いている間は、このモデルは非常に強力だった。
株価上昇
↓
高い評価額で資金調達
↓
BTCを追加購入
↓
1株当たりBTC価値の上昇期待
↓
さらに株価上昇
という好循環が成立したからだ。しかし、BTC価格が下落し、株式市場でのプレミアムが縮小すると、この循環は逆方向にも作用する。
Strategyの2026年8月23日時点のBTC保有量は84万447BTC。BTCだけを見れば依然として世界最大級だ。ところが同社自身の資料では、株価と純資産価値の関係を示すmNAVは約1.01倍まで低下している。かつて存在した大きなプレミアムは、ほぼ消えている。
ここに現在のDAT企業が直面している本質的な問題がある。BTCの保有量を増やせば企業価値も自動的に増える、という時代ではなくなったのである。
「BTCを持つ」だけでは差別化にならない
2024年から2025年にかけて、Strategyの成功を見た多くの企業がDAT戦略へ参入した。日本の上場企業だけでなく、米国、欧州でも、ソフトウェア会社、マイニング企業、小売企業など幅広い企業が暗号資産の保有を開始した。
スペインでカフェを経営していたVanadi Coffeeもその一つだ。同社は2025年6月、最大10億ユーロをビットコインへ投資する方針を株主総会で承認し、BTCの購入・保有を事業戦略の中心に据える方針を打ち出した。
当初、こうした発表だけでも株式市場は強く反応した。しかし、企業が次々と同じ戦略を採用すれば、「BTCを持っている」という事実だけでは差別化できなくなる。
投資家から見れば、単純にビットコイン価格へのエクスポージャーが欲しいのであれば、現物ETFなど別の選択肢も存在する。では、なぜETFではなく、そのDAT企業の株を買う必要があるのか。これからDAT企業は、この問いに答えなければならない。
BTC市場そのものも「保有すれば勝てる」環境ではない
DAT企業のプレミアム低下を考えるうえでは、株価だけでなく、ビットコイン市場内部で誰が利益を抱え、誰が含み損を抱えているのかを見る必要がある。

上のチャートは、ビットコイン価格と年ごとの投資家層の損益状況を重ねたものだ。足元では、早い時期からBTCを保有している層には依然として大きな利益が残る一方、2024年、2025年など比較的新しい資金には大きな損失が発生していることが分かる。
特に直近では、2020年組が約43億ドル、2023年組が約25億ドルのプラス圏にある一方、2025年組は約49億ドル、2024年組も約19億ドルのマイナス圏にある。
つまり現在のビットコイン市場は、すべての投資家が同じ方向を向いているわけではない。
長期保有者には大きな含み益が残っている一方、高値圏で参入した新しい投資家ほど、価格回復局面で売却するインセンティブを抱えている可能性がある。
これはDAT企業にとっても重要だ。
BTC価格が上昇するだけで企業価値も自動的に上昇するのであれば、財務戦略は比較的単純だった。しかし、市場内部に大きな損益の分断が存在し、上値では売却圧力が発生しやすい環境になると、「BTC価格の上昇待ち」だけでは企業戦略として十分ではなくなる。
だからこそ、これからのDAT企業には、BTCを何枚取得したか以上に、どの価格で取得し、どのような資金で保有し、1株当たりのデジタル資産価値をどのように増加させるのかという資本効率の視点が求められる。
今後のDAT企業に必要なのは「BTC保有量」ではなく「資本効率」
今後、DAT企業の評価軸は大きく変わると考えている。
第一に重要になるのが、1株当たりのデジタル資産価値をどれだけ高められるかである。
企業全体のBTC保有量が増えていても、そのために大量の新株を発行していれば、既存株主の価値は希薄化する。重要なのは「BTCを何枚持っているか」ではない。1株当たりでどれだけBTCを持っているのか、それを長期的に増やせているのかである。
第二に必要なのが、資金調達能力と財務耐久力だ。DATはBTC価格が上昇している時だけ成立する戦略であってはならない。
BTCが30%、40%下落した場合でも、金利や優先株配当を支払い、追加の資金調達を強制されずに生き残れる財務構造が必要になる。
Strategyも現在、優先株配当や債務利払いに備えた約51億ドルのUSD Reserveに加え、BTC購入や自社株買いなどに柔軟に利用できる約16億ドルの「USD Cash」を設けている。これは今後のDAT経営を考えるうえで非常に重要な変化だ。デジタル資産だけでなく、現金、負債、株式、キャッシュフローを一体として管理する必要がある。
第三に必要なのが、本業との組み合わせである。
「BTCを買うために存在する会社」だけでは、市場環境が悪化した時に企業価値を支えるものがなくなる。本業から安定したキャッシュフローを生み、その一部をデジタル資産へ再配分する。
あるいはデジタル資産を活用することで、本業の競争力、金融効率、顧客基盤を強化する。DATと事業戦略を分離させないことが重要になる。
ガバナンスと情報開示が企業価値を左右する
そして、今後さらに重要になるのがガバナンスだ。BTCをいつ、どの価格で、どの資金を使って購入するのか。どこまで借入を増やすのか。どの水準になれば購入を停止するのか。売却する可能性はあるのか。株式発行による希薄化をどこまで許容するのか。
これらを経営陣の判断だけに委ねるのではなく、明確な財務ポリシーとして開示する必要がある。
DAT企業が増えれば増えるほど、投資家は「BTCを持っているか」ではなく、誰が、どのルールで、どのように資本を管理しているかを見るようになる。これこそがDAT企業の次の競争になる。
「BTC保有企業」から「デジタル資本経営企業」へ
今回のFTの記事を、「ビットコイントレジャリー戦略は失敗した」と読むのは早計だ。むしろ市場が成熟し始めたと考えるべきだろう。
BTC購入を発表するだけで株価が上昇する第一段階が終わり、企業としての実力が問われる第二段階へ入ったのである。
筆者が重要だと考えているのは、ここである。BTCを持つこと=デジタル資本経営ではない。デジタル資本経営とは、BTCやステーブルコインなどのデジタル資産を、現金、株式、負債、事業キャッシュフロー、人材、テクノロジーと組み合わせ、企業価値を長期的に最大化する経営戦略である。
これから問われるのは「何BTC持っていますか」ではない。「そのBTCを使って、1株当たりの企業価値をどう高めるのか」「下落相場でも耐えられる財務構造をどう作るのか」「本業とデジタル資産をどう結びつけるのか」
そして、
「なぜ投資家はBTCそのものではなく、あなたの会社の株を買う必要があるのか」
という問いである。FTが報じた800億ドル超の時価総額消失は、DATの終わりを意味するものではない。
それはむしろ、「BTCを買えば株価が上がる時代」の終わりであり、「デジタル資本を経営できる企業」が選別される時代の始まりなのかもしれない。
ショート動画
「BTCを買えば株価が上がる」は終わった? DAT企業800億ドル消失の衝撃
https://youtube.com/shorts/uCvbNV-UP2k


