日本セキュリティトークン協会(JSTA)は6月23日、イベント「既存金融インフラで実現するデジタルアセット参入戦略― 発行・管理・取引をつなぐ実装アーキテクチャ ―」を開催した。
登壇したのは、デジタルアセットマーケッツ(DAM)営業企画部特命担当部長の竹森慶之助氏、インタートレード デジタルトレード推進本部ビジネス企画部長の山田清和氏、Fireblocks(ファイヤーブロックス)でSenior Sales Engineerを務める佐々木凱生氏。司会は、JSTA代表理事の増田剛氏が務めた。
セミナーでは、金融機関や証券会社がデジタルアセット事業に参入するうえでの課題や先行事例を踏まえ、発行・管理・取引を既存の金融インフラと接続するための実務上のポイントが示された。
「ウォレット導入」だけでは超えられないハードル

金融機関や証券会社にとって、暗号資産やセキュリティ・トークン(ST)などのデジタルアセットは、もはや周辺領域ではなくなりつつある。背景にあるのが、暗号資産規制の見直しと、ステーブルコインや現実資産(RWA)トークン化への関心の高まりだ。
暗号資産については、これまで資金決済法を中心に規制されてきた。しかし、価格上昇を期待して保有する投資対象としての性格が強まるなか、暗号資産取引に関する規制を金融商品取引法(金商法)へ移す法改正が進められている。
政府は2026年4月10日、暗号資産取引に関する規制を資金決済法から金商法へ移管する内容を含む「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案」を国会に提出した。
法案は6月11日に衆議院本会議で可決され、6月15日に参議院財政金融委員会へ付託された。7月9日時点では、参議院で審議が続いている。
法案が成立・施行されれば、暗号資産は有価証券とは異なる金融商品として金商法に位置付けられ、暗号資産取引業者には第一種金融商品取引業に相当する規制が適用される。既存の第一種金融商品取引業者が暗号資産取引業を行う場合にも、変更登録や業務管理体制の整備が必要になる見通しだ。
一方、ステーブルコインでは、決済インフラや企業間送金、オンチェーン金融との接続を見据えた市場形成が進んでいる。
イベントでは、竹森氏がステーブルコインの時価総額について、2026年第1四半期に約3200億ドル、1ドル=160円で単純換算すると約51兆2000億円に達したと紹介した。
さらに、これとは別の市場予測として、トークン化されたRWAへの需要が2034年までに最大約30兆ドル、同じ為替レートで約4800兆円に達する可能性にも触れた。
制度面では暗号資産取引が金商法の枠組みに移ろうとしており、決済面ではステーブルコインの活用余地が広がっている。こうした変化は、金融機関や証券会社にとって新たな事業機会になり得る。

だが、デジタルアセット事業は、ブロックチェーンに対応したウォレットを導入するだけでは始められない。
発行した資産を誰に移転できるのか。裏付け資産をどのように取得・保管し、トークン残高との整合性を確認するのか。秘密鍵を誰が管理し、誰が送金を承認するのか。既存の証券システムや取引基盤とどのように接続するのか。
実際の事業化では、技術だけでなく、法令対応、内部統制、顧客管理、会計処理、業務フローまで含めた設計が求められる。
「発行・管理・取引」が参入を阻む

イベントでは、デジタルアセット事業へ参入する際の論点を「発行」「管理」「取引」の3つに整理し、既存の金融インフラを生かしながら段階的に参入するための実装戦略が示された。
最初の論点は、デジタルアセットの「発行」だ。
何を、どのブロックチェーン上で発行するのか。発行後に誰へ移転できるようにするのか。裏付け資産がある場合には、トークンの発行・償還に応じて資産をどのように取得・保管し、両者の整合性をどう確認するのか。こうしたルールをあらかじめ設計する必要がある。
例えば、金や不動産、国債などの現実資産をトークン化する場合、単にブロックチェーン上でトークンを発行するだけでは足りない。
発行数量に対応する裏付け資産の管理状況を、継続的に確認する仕組みが必要になる。誰でも自由に移転できる設計にするのか、本人確認などを終えた利用者だけに限定するのかも、資産の法的性質や事業内容によって異なる。
次の課題が「管理」だ。
ブロックチェーン上の資産を移転するには、秘密鍵を使った署名が必要になる。秘密鍵や署名権限が失われたり、第三者に奪われたりすれば、資産を移転できなくなるほか、不正流出につながるおそれもある。
そのため、金融機関がデジタルアセットを取り扱う場合には、鍵をどこに保管するかだけでなく、誰が取引を申請し、誰が承認し、どのような条件で取引を停止するのかまで含めた管理体制を構築しなければならない。
3つ目は「取引」である。
証券会社や金融機関は、すでに株式や債券を売買するための取引システムや発注フローを持っている。一方、これらの多くは暗号資産やトークン化資産を前提に設計されていない。
デジタルアセットを扱うには、既存の取引フローをどこまで生かせるかが問われる。専用システムを一から構築すれば、多額のコストと時間がかかる。既存の証券システムや発注フローを大きく変えず、暗号資産やRWAの取引基盤へ接続できるかが、実装上の大きなテーマとなる。
竹森氏は、すべてのシステムを自前で構築するのではなく、国内外の既存ソリューションを組み合わせ、自己勘定取引など限定的な業務から始めることが現実的だと説明した。
RWAトークン化、負荷が大きいのは「発行」

3つの論点のうち、まず実務上の負荷が大きいのが「発行」だ。
デジタルアセットを発行する際には、どの資産を、どのブロックチェーン上で、誰に移転できる形で扱うのかを設計する必要がある。特にRWAを扱う場合には、発行後の裏付け資産の管理や、トークンの流通制御まで含めた仕組みが欠かせない。
発行の具体例として紹介されたのが、三井物産デジタルコモディティーズが発行する暗号資産「ジパングコイン」シリーズだ。
同シリーズは、金価格におおむね連動することを目指すジパングコイン(ZPG)、銀価格におおむね連動することを目指すジパングコインシルバー(ZPGAG)、プラチナ価格におおむね連動することを目指すジパングコインプラチナ(ZPGPT)の3銘柄で構成される。

同シリーズは、従来、bitFlyer Blockchainが開発したプライベートブロックチェーン「miyabi」上で発行・管理されていた。
プライベートチェーンは、参加者を限定して運用できるため、権限や取引主体を管理しやすい。一方、外部のウォレットやサービス、パブリックチェーン上の流動性へ接続しにくいという側面がある。
三井物産デジタルコモディティーズなどは2026年4月17日、ジパングコインシリーズのマルチチェーン展開を発表した。第1弾としてEthereumのレイヤー2である「OP Mainnet」に対応し、GMOコインは4月20日に同シリーズの取り扱いを開始した。
ここで重要になるのが、パブリックチェーンの利便性を活用しながら、トークンを誰に移転できるようにするかという流通制御である。
ジパングコインシリーズのホワイトペーパーによると、OP Mainnet上で発行されるトークンは、発行者が定義し、運営委員会が承認したホワイトリスト登録済みアドレス間でのみ移転できる。パブリックチェーン上で発行されていても、無制限に移転できるわけではない。
発行基盤について、佐々木氏は「Fireblocks Tokenization」を紹介した。
トークンを発行するには、発行や償還、移転などのルールをスマートコントラクトや周辺システムに実装する必要がある。
Fireblocks Tokenizationは、事前構築済みのスマートコントラクトやAPI、トークン運用管理ツール、監査対応を想定したレポート機能を提供し、複数のブロックチェーン上でトークンを発行・管理しやすくする基盤である。

こうした仕組みを利用すれば、発行体はスマートコントラクトや管理システムをすべて一から開発する必要がなくなり、開発期間や運用負担を抑えられるという。
秘密鍵管理が最大の防衛線

発行の次に課題となるのが、デジタルアセットの「管理」である。
RWAにひも付くデジタルアセットであっても、ブロックチェーン上で移転する以上、秘密鍵や署名権限の管理を避けることはできない。
金融機関にとって重要なのは、鍵をどこに保管するかだけではない。誰が送金を申請し、誰が承認し、どの条件に該当した場合に取引を止めるのかまで含めて、内部統制を設計する必要がある。
管理のパートでは、Fireblocksの佐々木氏が、金融機関における鍵管理の重要性を説明した。
Fireblocksは、MPC(マルチパーティ計算)を活用したウォレット基盤を提供している。
MPCでは、署名に必要な暗号学的な情報を複数の鍵シェアに分散し、完全な秘密鍵を一か所に生成・保管・復元することなく取引へ署名する。仮に一つの鍵シェアが漏えいしても、それだけで取引を実行できないようにする仕組みだ。
ただし、金融機関にとってウォレットは、単なる鍵の保管場所ではない。
誰が取引を申請できるのか。いくら以上の取引に複数人の承認を求めるのか。特定のアドレスへの送金を禁止するのか。こうした承認ルールやポリシー管理まで含めて、デジタルアセットの管理基盤となる。
今回紹介された「Fireblocks Key Link」は、金融機関や事業者が自社で保有するHSMなどの鍵管理基盤を維持しながら、Fireblocksのウォレット管理、ガバナンス、ポリシー制御、ネットワーク接続などを利用できる仕組みだ。
Key Linkでは、既存の鍵管理システムをFireblocksへ接続し、取引の申請や承認、コンプライアンス確認などをFireblocks側のワークフローに沿って処理できる。秘密鍵そのものは顧客側の管理基盤に残される。
金融機関では、社内規程やセキュリティ方針、経済安全保障上の観点から、秘密鍵を外部の事業者や海外のシステムへ全面的に預けにくい場合がある。
デジタルアセットマーケッツ、インタートレード、AndGoは5月13日、AndGoが開発・製造する国産ハードウェアウォレット「AndGo Wallet」とFireblocks Key Linkを統合した実証実験の完了を発表した。
実証では、秘密鍵をAndGo Wallet内で生成・保存・運用しながら、Fireblocksのポリシー制御や承認ワークフロー、デジタル資産ネットワークへ接続できることを確認したという。
これにより、金融機関は鍵の管理権限を自社側に残しながら、外部のデジタルアセット基盤が提供する管理機能や接続機能を利用できる。
「自己勘定取引」を参入の入口に
発行と管理の体制を整えても、実際に売買できる仕組みがなければ、金融機関のデジタルアセット参入は進まない。
3つ目の論点となる「取引」では、既存の証券システムや発注フローを生かしながら、暗号資産取引へどう接続するかが課題となる。
その入口として竹森氏が取り上げたのが、証券会社などによる自己勘定取引である。
自己勘定取引とは、金融機関が顧客から受けた注文を取り次ぐのではなく、自社の資金を使って資産を売買する取引を指す。
竹森氏は、証券会社が暗号資産を扱ううえでは、法令対応や社内体制の整備に加え、既存の取引システムが暗号資産に対応していないことも大きな壁になると指摘した。
イベントでは、日本取引所グループ(JPX)の2025年のデータをもとに、調査対象となった取引参加者50社の株式売買代金が約2979兆円に上り、このうち自己取引が約318兆円を占めたことが紹介された。
暗号資産というと個人投資家や暗号資産交換業者に注目が集まりやすい。だが、証券会社などが自社資金で行う自己勘定取引も、金融機関がデジタルアセット市場へ参入する入口になり得る。
その具体策として示されたのが、インタートレードの「TIGER Trading Platform」と、デジタルアセットマーケッツの「Digital Asset Prime Service」の連携だ。
TIGER Trading Platformは、証券会社をはじめとする金融機関向けのトレーディング基盤で、FIXによる接続に対応している。
FIXは、金融機関同士が注文や約定などの情報を電子的にやり取りするために広く使われている通信仕様だ。証券業界で使われてきた仕組みを生かすことで、暗号資産取引のためのシステムをすべて一から構築するのではなく、新規開発の範囲を抑えられる。
一方、Digital Asset Prime Serviceは、デジタルアセットマーケッツが機関投資家や法人向けに提供する、大口取引を前提としたデジタル資産取引サービスである。
同社所定の審査や取引基準を満たした顧客を対象に、複数の海外流動性ソースへ接続した取引環境を提供する。ディーリングプラットフォームやAPIによる接続に対応しており、FIXを通じたTIGER Trading Platformとの連携も可能としている。
提供開始時点の取扱銘柄は、ビットコイン(BTC)、ジパングコイン(ZPG)、ジパングコインシルバー(ZPGAG)、ジパングコインプラチナ(ZPGPT)の4銘柄である。

証券会社などの利用者は、既存の取引画面や発注フローを活用しながら、デジタルアセットマーケッツを経由して暗号資産取引へ接続する構成を取れる。
デジタルアセットマーケッツはイベントと同日の6月23日、Digital Asset Prime Serviceの提供開始を発表した。取引チャネルはディーリングプラットフォーム接続やAPI接続に対応し、TIGER Trading Platformとも連携する。
大口取引では、流動性も重要になる。
十分な売買注文がなければ、一度に大きな注文を出した際に価格が大きく動き、想定より不利な価格で約定する可能性がある。そのため、取引所やマーケットメーカー、流動性提供者など、複数の取引先へ接続できる環境が必要になる。
イベントでは、取引所、マーケットメーカー、流動性提供者、金融機関などをつなぐ接続基盤として「Fireblocks Network」も紹介された。
ネットワーク自体が流動性を保証するわけではないが、多数の取引先やサービスへ安全に接続し、資産移転や取引に伴う業務を効率化するための基盤となる。
金融機関のデジタルアセット参入に必要なのは、一つのウォレットや取引システムを導入することではない。
発行時の権利設計と流通制御、秘密鍵と承認権限の管理、既存の取引システムとの接続を一体として設計する必要がある。
一方、すべての基盤を自社で作り直す必要もない。既存の金融インフラと外部のデジタルアセット基盤を組み合わせ、まずは自己勘定取引など限定的な領域から始めることが、現実的な参入経路となりそうだ。
|取材・文・撮影:平木 昌宏


