2025年1月、私はブロックチェーンの「チェーン競争」について、前後編の記事を書いた。
前編ではイーサリアムのレイヤー2(L2)、後編ではレイヤー1(L1)を取り上げた。
当時、特に注目を集めていたのは、Coinbase(コインベース)が手がけるL2「Base(ベース)」をはじめとする「OP Stack」勢だ。OP Stackは、L2「Optimism(オプティミズム)」が提供する開発ソフトウェア群で、簡単に言えば、Optimismは開発ツールを提供することで仲間を増やそうとしていた。ソニーが手がける「Soneium(ソニューム)」もOP Stackを利用した。
L1に目を移せば、バリデーターを日本国内の法人に限定するなどで「日本の信頼性」をアピールするチェーンも登場していた。
L2、L1の競争が激化するなかで、「どのチェーンが選ばれるのか」「グローバルなチェーンか、ローカルなチェーンか」といった議論が盛んだった。
それから、まだ2年も経っていない。だが最近のニュースを並べてみると、競争の風景はかなり変わった。
チェーンをめぐる競争は今も続いている。だが、その意味合いはかなり変わった。
銀行、ステーブルコイン発行会社、決済会社、資産運用会社、取引所、テック企業──。さまざまな企業を巻き込みながら、オンチェーン金融の「経済圏」を作ろうとする動きが激化している。
21金融機関がつくるステーブルコイン
9月1日、Bank of America、Citi、Goldman Sachs、Deutsche Bank、UBS、三菱UFJ銀行など21の金融機関が、新会社を設立して共同でステーブルコインを発行する計画を発表した。
▶Goldman Sachs、三菱UFJら世界21銀行、ステーブルコイン事業で新会社を設立へ
まず「ドル建て」で、2027年前半の市場投入を目指す。その後はユーロを優先しながら、他のG7通貨への展開も視野に入れる。用途として掲げるのは、クロスボーダー決済やデジタル資産の決済などだ。
参加企業は明確だ。既存金融の巨大プレイヤーが集まった「銀行連合」と言っていい。発表でも、銀行レベルのコンプライアンス、ガバナンス、流通網、リスク管理を強調している。
一方、まったく違う形の連合も動き始めている。
140社超が参加する「Open USD」
6月に発表された「Open USD」には、140社を超える企業が参加している。
BlackRock、BNY、Standard Chartered、U.S. Bankといった金融機関。Visa、Mastercard、American Express、Stripe、Adyenといった決済企業。Google、IBM、Shopify、Rakuten Groupといったテック・EC企業。
さらに、Coinbase、Ripple、Fireblocks、MetaMask、Aave、Solana、Polygonといった暗号資産・ブロックチェーン企業も並ぶ。
日本からは、みずほフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループ、楽天グループなどが参加している。
Open USDは、一企業が管理するのではなく、独立会社Open Standardを設け、参加企業による共同運営を目指す。さらに、ステーブルコインの裏付け資産から生じる収益を、一定の管理手数料を除いてパートナーに還元するという設計も特徴だ。
21金融機関の新会社とOpen USDの参加企業を比べてみると、興味深い。
両方に参加している金融機関は、現時点ではスペインの金融グループ「BBVA」しか見当たらない。
日本の3メガバンクも分かれている。三菱UFJは21金融機関へ、みずほと三井住友はOpen USDだ。もちろん、これだけで各社の戦略が確定したと見るのは早計だ。金融機関は複数のプロジェクトに参加することが珍しくない。
それでも、巨大な二つの連合がほとんど重ならずに形成されていることは興味深い。ステーブルコインをめぐる競争が、「どのコインが優れているか」だけではなくなっていることを感じさせる。
ちなみに、この2つのグループの参加企業を比べて、「重複はBBVAだけ」と調べてくれたのは、弊社の敏腕ディレクターだ。
サークルはステーブルコインからL1へ
さらに面白い動きがある。USDCを発行するCircle(サークル)は、自らレイヤー1ブロックチェーン「Arc」を立ち上げている。
9月16日のパブリックメインネット公開を前に、米国の証券決済インフラを担うDTCC、ニューヨーク証券取引所(NYSE)を傘下に持つ取引所大手ICEのほか、BlackRock、Mastercard、Visa、Standard Chartered、SBIグループ、住友商事などがバリデーターとして参加することが発表されている。
BlackRockはトークン化MMF「BUIDL」をArcに展開する予定で、DTCCも証券のトークン化についてArcとの連携を進めている。
サークルはArcを、単にUSDCを送るためのチェーンとしてではなく、トークン化資産、FX、レポ、決済などを扱う金融市場向けの基盤として位置づけている。
ステーブルコイン発行会社が、自分たちで金融市場の「レール」を作ろうとしている。
Stripeも「決済用L1」を構築
決済大手Stripe(ストライプ)も、Paradigmと共同でレイヤー1「Tempo」を開発している。
ストライプは、Tempoを「payments blockchain」と呼ぶ。複数のステーブルコインに対応し、BtoB決済、送金、給与支払い、さらにはAIエージェントによる機械同士(M2M)の決済まで想定する。
ストライプの説明は象徴的だ。
従来のクレジットカードや銀行振込は、人間が使うことを前提に作られており、AIエージェントが自律的に少額決済を繰り返すような世界には対応しにくい。そのため「machine speed」で決済できる新しいインフラが必要になるという。
サークルは、ステーブルコインからL1へ。
ストライプは、決済からL1へ。
2年前には、BaseやSoneiumのように「企業が独自のL2を持つ」ことが大きなニュースだった。
今は、ステーブルコインや決済を本業とする巨大企業が、独自のL1を持とうとしている。
既存金融が集まるCanton
もう1つ、見逃せない動きがある。Canton Network(カントン・ネットワーク)だ。
カントンでは、DTCC、欧州の証券決済機関Euroclear(ユーロクリア)、取引所大手LSEG、電子債券取引大手Tradeweb、仏大手銀行Societe Generaleなど、既存金融市場の中核を担う企業が参加し、国債や担保、レポ、トークン化預金などをオンチェーンで動かす取り組みが進んでいる。
2026年には、トークン化英国債を使ったクロスボーダーのイントラデイ(日中)レポや、複数通貨・複数資産を使った取引も実施された。
DTCCと、カントンの開発を担うDigital Assetは、米国債をカントン上でトークン化する取り組みも進めている。
こちらはOpen USDやArcとは雰囲気がかなり違う。
小売決済やインターネット企業を巻き込むというより、巨大な既存金融市場を、そのままオンチェーンに持ってこようとしているように見える。国内でも、さまざまな企業がカントンとの取り組みを始めている。
今、既存金融のオンチェーン化を考えるうえで、最も注目すべきネットワークのひとつだ。
「どのチェーン?」から「誰の経済圏?」へ
こうして並べてみると、2025年初めに見ていたチェーン競争との違いが見えてくる。
当時の問いは、かなり単純化すれば、「どのチェーンを使うのか」だった。
EthereumかSolanaか。L1かL2か。OP Stackか、Polygonか。グローバルなパブリックチェーンか、日本企業が運営するローカルなチェーンか。
もちろん、その競争がなくなったわけではない。だが今は、もう一段大きなレイヤーの競争が始まったように思う。
誰が「お金」を持つのか。誰が「チェーン」を持つのか。誰が銀行、決済会社、資産運用会社、テック企業、暗号資産企業を巻き込むのか。そして、自分たちのネットワーク上に、どれだけ多くの資産と取引を集められるのか。
競争の単位が、チェーンから「経済圏」へと広がっている。
2年前の問い
2025年1月の記事では、相互運用性によってシームレスな世界が実現するのか、それともチェーン間の勝敗が見えてくるのか、と書いた。
2年も経たないうちに、その問い自体を変える必要があるようだ。
どのチェーンが勝つのか。どのステーブルコインが勝つのか。それだけでは、今起きていることは捉えきれない。
ステーブルコインを発行しながらチェーンを作る。決済サービスを提供しながらチェーンを作る。銀行が共同でステーブルコインを発行する。金融、決済、テック、暗号資産の企業が集まる。既存金融市場をオンチェーンへ移そうとする試みもある。
こうした動きを見ていると、ふと思い出すことがある。Libra(リブラ)だ。かつてFacebook(現Meta)が描いた構想が、形を変えながら現実になりつつあるようにも見える。
リブラは実現しなかった。だが、さまざまな企業を巻き込み、新しいデジタルマネーの経済圏を作るという発想そのものは、消えていなかった。
2年前、私は「どのチェーンが選ばれるのか」を見ていた。
今、見るべきなのは、誰がどんな企業を巻き込み、どのような「経済圏」を作ろうとしているのか、なのだろう。
|文:増田隆幸
|画像:生成AIで作成


