セキュリティ・トークン(ST、デジタル証券)で広く使われている特定受益証券発行信託について、利益を超える分配を「元本の払い戻し」として扱う新たな制度が2026年4月から適用された。これまで中心だった不動産に加え、航空機や太陽光発電設備、ファンド持ち分、海外資産などにもSTを活用しやすくなるという。
NADA NEWSを運営するN.Avenueは7月30日、ウェビナー「セキュリティトークン、税制改正で何が変わったのか? ―受益証券発行信託の『いま』を会計・税務の専門家が読み解く」を開催した。
登壇したのは、三菱UFJ信託銀行フロンティア事業開発部デジタルアセット事業室上級調査役の山田拓人氏、PwC Japan有限責任監査法人パートナーの太田英男氏、PwC税理士法人マネージングディレクターの鬼頭朱実氏。
太田氏と鬼頭氏はST第1号案件から商品化に関与し、山田氏は今回の税制改正を含む制度設計の提案や交渉に携わってきた。今回はそれぞれの立場から、制度見直しの内容や不動産以外の資産への活用、今後の市場展望を語った。制度見直しの内容や不動産以外の資産への活用、今後の市場展望を語った。
国内ST市場は約4000億円へ、不動産が8割超

山田氏が示した資料によると、国内のST市場は発行額ベースで約4000億円まで拡大した。このうち不動産が81.3%を占め、不動産STの残高ベースでは、特定受益証券発行信託を使った商品が97%超に上るという。不動産の運用資産残高(AUM)で見ると、7000億〜8000億円規模に達していると説明した。

そもそもSTは、これまで主に機関投資家や法人が投資してきた不動産などの資産を小口化し、個人にも投資しやすくする仕組みとして検討されてきたという。なかでも不動産は、すでに証券化の実績があり、投資対象となる建物もイメージしやすい。
山田氏は、不動産であれば個人投資家にも「不動産に投資する」という商品内容を理解してもらいやすく、説明のしやすさもあったと振り返った。そのうえで、受益権原簿への記録で第三者への対抗要件を備えられることや、申告分離課税が適用され、証券会社が特定口座で扱いやすいことも、特定受益証券発行信託が広がった背景にあると説明した。
一方、鬼頭氏によると、個人が小口で不動産に投資でき、税務手続きの負担も抑えられる商品は、STが登場する以前から求められていたという。源泉徴収ありの特定口座を利用すれば、原則として確定申告をせずに済む点にも触れ、「求められていた商品が、ちょうどそこに来たのだと思う」と語った。
利益を超える分配を「元本の払い戻し」に
今回の見直しで最も大きく変わったのは、会計上の利益を超えて投資家に資金を分配する場合の扱いだ。
不動産などを運用する商品では、建物の取得費用を一定期間に分けて計上する「減価償却」が発生する。ただし、減価償却費は帳簿上の費用であり、その時点で同額の現金が外部へ出ていくわけではない。そのため、会計上の利益を超えて、手元にある資金を投資家へ分配することがある。
ところが従来の受益証券発行信託では、この部分を元本の払い戻しとして処理する明確な規定がなかった。代わりに「受益権調整引当額」という特殊な項目を使い、税務上は利益の分配として配当課税の対象にしていたという。山田氏は、この項目について、会計の専門家が見ても戸惑うような勘定だったと率直に語った。
そこで今回、会計規則から受益権調整引当額をなくし、利益を超える分配を「元本の払い戻し」として扱う規定が設けられたという。税務上も、配当として一律に扱うのではなく、投資家が保有する受益権の一部を譲渡したものとみなす仕組みが整えられた。

山田氏は「利益処分のほかに、元本の払い戻しの定めを新たに置いた」と説明した。そのうえで、投資法人であるJリートに近い税務処理になったため、従来よりも仕組みを理解しやすくなったとした。
また、投資家が分配金を所得として認識する時期についても、国税庁との協議を通じて実務上の整理が進んだという。原則は従来と同じく信託の決算日だが、業界で定めるルールに沿い、一定の要件を満たす場合には、分配金の支払日に所得を認識できるという。
これにより、発行者や運用者にとっては決算日から配当までの事務作業に時間を確保しやすくなり、証券会社も株式やJリートに近い仕組みで対応できるようになった。山田氏は、決算から2カ月以内に配当する実務を組めるようになったことで、従来のタイトなスケジュールが緩和されたと説明した。

太田氏も、従来の制度には歴史的な背景があったとしながら、今回の見直しによって、現代の商品に合った、より自然で分かりやすい会計処理になったと説明した。
航空機やファンドなど、不動産以外にも活用の余地
では、今回の見直しによって、なぜ不動産以外の資産にもSTを活用しやすくなるのか。
山田氏は、これまでにも航空機や太陽光発電設備、ベンチャーキャピタル(VC)・プライベートエクイティ(PE)ファンドの持ち分、海外不動産などをSTにできないかという相談があったと明かした。ただ、従来の会計・税務上の取り扱いでは、実際の商品化が難しいケースが多かったという。

たとえば、航空機や太陽光発電設備は、不動産に比べて短い期間で減価償却が進むため、帳簿上の利益よりも多くの現金を投資家に分配したい場面が出てくる。しかし、その超過分を元本の払い戻しとして扱えなければ、分配金に配当課税がかかることになり、商品を組成しにくかった。
一方、海外不動産やファンド持ち分では、時価や為替の変動も課題となっていた。山田氏によると、為替差損などを会計に反映した結果、実際には利益を分配していても、帳簿上は利益が残っているように見える場合があった。そうなると、特定受益証券発行信託に求められる税務上の要件を満たせなくなるおそれがあり、信託銀行側も引き受けにくかったという。ただし、今回の改正は日本国内の会計・税制に関するもので、海外資産に現地で課される税金については別途確認が必要になる。
今回、元本の払い戻しを会計・税務の両面で扱えるようになったことで、こうした資産も検討しやすくなった。山田氏は、第1号案件が出た当初からSTに関心を寄せる企業は多かったものの、特殊で分かりにくい実務が壁となり、商品化まで進まないケースがあったと振り返る。
そのうえで、「今までは取り組みづらかったけれど、少し取り組んでみようと思う発行体は一定数いるのではないか」と述べ、不動産会社だけでなく、ファンドや他の資産を扱う事業者にとっても、STを選択肢に入れやすくなったと説明した。

鬼頭氏も、今回の改正について、元本として払い戻される資金を税務上も元本の払い戻しとして扱えることが明確になったと評価した。受益証券発行信託は、もともと債券などへの投資を想定してつくられた仕組みだったが、「今回の改正があって初めて、さまざまな資産に使っていける可能性が広がった」と語った。
投資家への影響、一般口座では税務処理に注意
今回の見直しについて、山田氏は、株式やJリートへの投資経験がある人にとって「横並びで理解しやすい税制になった」ことが大きいと説明した。これまでは利益を超える分配も配当として扱われていたが、今後は利益の分配と元本の払い戻しを分けて投資家に知らせることになるという。
ただし、元本の払い戻し部分が、そのまま非課税になるわけではない。税務上は、投資家が保有するSTの一部を譲渡したものとみなされ、払戻額と、その譲渡部分に対応する取得価額との差額によって、譲渡損益が発生する可能性がある。
個人が特定口座で保有する場合は、証券会社が元本の払戻し後の取得価額などを管理する。一方、一般口座で保有する個人や、法人投資家は、元本減少割合をもとに自ら税務処理を行う必要がある。
鬼頭氏は、元本の払い戻しを受けた場合、投資家には「元本減少割合」が知らされ、その割合に応じて保有資産の取得価格を計算し直す必要があると説明した。そのうえで、これは特定受益証券発行信託だけに設けられた特殊な扱いではなく、「Jリートと同じように、特定口座でない方は元本の付け替え計算が必要になる」と注意を促した。
そのため、商品を提供する証券会社や発行体には、分配金のうち利益と元本がそれぞれいくらなのかに加え、投資家が必要とする税務情報を分かりやすく伝えることが求められる。鬼頭氏は、より多くの個人が投資する商品だからこそ、こうした取り扱いを丁寧に説明する必要があると語った。
ST市場は資産と決済の両面で拡大へ
今回の制度整備で不動産以外への活用余地が広がった一方、課題がすべて解消されたわけではない。山田氏は、投資信託のように投資家が途中で一部を解約し、信託から直接資金を受け取る仕組みについて、受益証券発行信託では会計上の取り扱いが明確になっていないと説明した。

そのため、現時点では、投資家の申し込みに応じて随時解約できる「オープンエンド型」の商品は組成しにくいという。山田氏は、こうした商品を将来検討する場合には、追加の制度整備が必要になるとの見方を示した。
一方、STの対象となる資産は、今後さらに広がる可能性がある。山田氏は、特定受益証券発行信託を使った商品に限らず、トークン化した短期金融商品(MMF)や国債、社債なども候補に挙げ、「これから市場でどんどん検討されていくのではないか」と語った。今回の改正の直接的な対象ではないものの、国内ST市場が不動産中心から、幅広い金融商品へ広がる余地は残されているという。
さらに、資産の多様化と並んで、決済の効率化も今後の焦点となる。山田氏によると、ステーブルコインはSTの売買代金だけでなく、投資家への分配や信託内の費用支払いにも活用できる可能性がある。「決済が効率化されるだけでも、STの事務の効率化につながる」と述べた。
ただし、商品が多様になれば、投資家に伝える情報も増える。太田氏は、今回の見直しで制度は分かりやすくなったものの、投資家にどのような情報を開示するかについては、なお検討の余地があると説明した。制度整備に加え、業界として分かりやすい情報提供を続ける必要があるとした。
専門家の参入も市場拡大の鍵に
山田氏は、STやステーブルコインを含むデジタルアセットには、会計や税務、法律など、幅広い分野の知見が必要になると説明した。自身も制度改正に携わった経験から、「会計や税務、法律などの専門性を持つ方には、ぜひこの業界に入ってきていただきたい」と呼びかけた。
鬼頭氏は、Jリートも制度や実務上の壁を一つずつ乗り越えながら市場が育ってきたと振り返った。STについても、関係者が課題を解決しようとする熱意が成長を支えてきたとし、「この6年で大きな市場に発展してきた。これからも次のステージへ進んでほしい」と語った。
|取材・文:平木昌宏
|画像:NADA NEWS編集部


