お客様に意識されない会社──。新会社の2030年のイメージを聞いた際、新社長はそう答えた。
KDDIはコインチェックと業務提携契約を締結し、あわせて、KDDI、auフィナンシャルホールディングス、コインチェックの3社で、ノンカストディアルウォレット事業を推進する新会社「au Coincheck Digital Assets」を設立した。
背景にあるのは、ステーブルコインやトークン化資産など、「オンチェーン金融」の拡大だ。KDDIは、2023年頃からブロックチェーン領域に注目し、先に発表したHashPort社との提携を含め1年〜1年半前から本格的な事業化を進めてきたという。
新会社の代表取締役社長に就任した笠井道彦氏は「オンチェーン化の進展は共通認識になってきている」と語る。
通信会社が見据える「ウォレット時代の金融」とは何か。KDDIが進める次世代金融戦略について聞いた。
コインチェックと提携した背景
──「ブロックチェーンを活用した金融サービスの創出」の構想は、いつ頃から考えていたのか。
笠井氏:KDDIは、2023年頃からウォレット、NFTといったブロックチェーン関係の事業に注視し、その時点からオンチェーン金融には大きな可能性があると認識していた。しかし、当時はまだ、暗号資産や「トークン化」に関しては、なかなか一般向けのサービスや商品になっていなかった現状もあり、まずはコンテンツの分野から取り組んできた。
その後、いわゆる暗号資産取引所の口座開設数だったり、社会的な認知も含めて、暗号資産取引が急速に普及してきたことを踏まえて、具体的な事業化を進めた。
──事業化がグッと進展したのは、いつ頃か。
笠井氏:1年から1年半前くらいだ。特にグローバルの動きが激しくなり、ステーブルコインの普及、取引の伸びが1段階ギアが上がった。昨年資本提携させていただいたHashPortさんのウォレット利用者も拡大しており、日本国内に関してもその影響が来るだろうと考えた。
──その中で、提携先としてコインチェックを選択した一番の要因はどこにあったのか。
笠井氏:狭義の暗号資産に限らず、デジタル資産を含めた「デジタル金融」を広く一般の方々に分かりやすい形で届けようという考え方が近かった。さらにこの領域はグローバルな知見が必要な部分であり、コインチェックさんは国内最大級の取引所であるとともに、ナスダックに上場されていてグローバルなネットワークも有している。そこが大きな要因となった。
──「考え方が近かった」というのは、具体的にはどのようなことか。
笠井氏:例えば、コインチェックさんのアプリは非常に使いやすい。しっかりとした金融サービスでありながら、コンテンツ・アプリとしての使いやすさも感じられる。私たちも通信グループの金融事業として、いわゆる伝統的な金融をそのまま提供するというよりは、スマートフォンに合わせて、分かりやすい形で提供していくことに取り組んできた。こういった点が合致すると考えた。
ウォレットと口座はバッティングしないのか?

──今回の中核事業として、「暗号資産ウォレット」、しかもノンカストディアルウォレットを掲げている。これは単に暗号資産の管理だけではなく、決済・送金、さらにはDeFi(分散型金融)への接続なども視野に入れているのか。
笠井氏:現時点で、まだ具体的なサービス内容は決まっていない。だが、単に管理するだけではなく、デジタル資産を、より身近に利用していただくことを目指していく。
今後、従来の金融とデジタル金融、つまりステーブルコインやブロックチェーンベースの金融機能との連携が急速に進んでいくだろう。お金がプログラマブルになってくると、決済や預金、投資、あるいはポイントなどがシームレスにつながる可能性が出てくる。そうした連携にまず取り組んでいきたい。
──ノンカストディアルウォレットの利用が進むと、暗号資産取引所であるコインチェックにとっては、口座数などに影響が出るかもしれない。そのあたりの認識は。
笠井氏:グローバルなプレーヤーの最近の取り組みを見ると、カストディアルとノンカストディアル両方に取り組んでいるケースが多い。暗号資産取引所がノンカストディアルウォレットをサービスとして展開したり、あるいはそうした企業を買収して、どちらもラインナップとして持ったうえで、顧客のニーズに応じて提供していくという流れはあると考えている。
今後利用用途が広がっていく中で、決済やさまざまなサービスに連携させるシーンを考えたときには、ノンカストディアルウォレットの方がやりやすい。用途に応じて併存していくと考えている。
──将来的には、コインチェックの暗号資産口座とシームレスにつながっていくようなことも想定しているのか。
笠井氏:具体的な検討はこれからだが、お客様には用途に応じて利用していただけるようにしたい。暗号資産やステーブルコインを手にするための口座などとウォレットの連携は、利用シーンを含めて具体的な検討をしていく。
オンチェーン化は共通認識、否定する声は少なくなってきた
──リリースでは、新会社は将来的にauファイナンシャルHDへ移管する可能性が記されていた。これは、いわゆるオンチェーン金融の分野が今後、拡大していくという認識を持っているということか。
笠井氏:各金融機関様も同じではないかと思っているのだが、グローバルな流れとしては、暗号資産取引だけが伸びているのではなく、この分野と従来の金融が組み合わさり、新しい体験が生まれている。ここに大きな可能性があると考えており、大きく成長する可能性やイノベーションが生まれる可能性が強くなっていると考えている。
──auファイナンシャルグループの中には、銀行クレジットカードなど、伝統的金融も存在するが、伝統的金融サイドの方々も同じような認識を持っているのか。
笠井氏:グループ内や、さらには他の金融機関の方と話をしていても、2023年頃に初めてブロックチェーン関係の事業検討を始めた頃とは、かなり雰囲気が変わっていると感じる。
新規事業担当の方と話をしているからかもしれないが、大きな方向性としてオンチェーン化が進むこと自体は共通認識になってきている。もちろん、グローバルと比べると、スピード感や実現していることの差はあるが、方向性として否定する意見は少なくなってきている。むしろ、いつ来るか、どういう方法が分かりやすいかという議論になっている。
au PAYのミニアプリとして提供

──通信会社は、すでに金融サービスを展開し、本人認証や課金、決済など、デジタル経済の基盤を持っている。そこにブロックチェーンが加わることで、どういう変化が生まれるのだろうか。
笠井氏:1つは、それぞれのサービスがより使いやすくなり、滑らかになるだろう。グローバルでの送金も含めて、きわめて高速になり、手数料も安価になる。取引も24時間365日でリアルタイム化していくなどが想像される。
もう1つは、各サービスが連携して、うまくつながるようになっていくだろう。決済、投資、ポイントなど、現状は個別に運営されているものが、滑らかにつながり新しい体験を生んでいく。
──そうなると、既存のPontaポイントやau PAYと、ノンカストディアルウォレットはいずれ統合されるのか。
笠井氏:少なくとも個別のサービスとして使っていただくのではなく、どれだけスムーズに連携させられるか、融合させていけるかを検討していくことは重要だと思っている。
例えば、ステーブルコインをウォレットの中に持っている人が増えてきたときに、暗号資産取引に使うだけではなく、日常の決済やオンライン決済にも使えた方が便利。私たちとしては、すでにau PAYやクレジットカードを提供しており、これらとどう連携・融合させていくかがテーマになる。
一方で逆に、現状のリアルな世界や、インターネット上で取り扱っている価値をウォレットで扱いたいというニーズも生まれてくる。その時にどのように対応していくかを、一つ一つ進めていくことになる。
サービスの連携は積極的に進めていきたいと考えているが、1つのものに統合するかどうかはあくまでもUX上の論点だと思っている。今回一部プレスに書いたようにau PAYの中にノンカストディアルウォレットをミニアプリとして提供していくが、1つに統合した方が良いところもあるかもしれないが個別アプリの方が使いやすいケースもあり、ユーザの体験を重視して検討を進めていく。
理解は限定的、だがイノベーションの可能性
──伝統的な金融との連携・融合において、難しさはどういったところにあるか。
笠井氏:いくつもあるが、1つはシステム的な観点だ。既存の金融システムは非常に堅牢に作られている。そことどううまく接続していくか。法制度も課題だ。例えば、KYCでは、Web3的なサービスを利用する場合の限定的なKYCと、既存の金融が求めている厳格なKYCをどうつないでいくのか。
ビジネスモデルの課題もある。ステーブルコインを利用すると、決済などの手数料が下がる可能性があるが、すでに提供している既存の決済手段との整合も考える必要が出てくるだろう。システム、制度、ビジネスモデルを検討していく必要があると考えている。
──今回、ノンカストディアルウォレットの推進を打ち出したが、反響は。
笠井氏:正直なところ、ノンカストディアル/カストディアルの概念は、一般的には理解が拡がっているわけではなく、その点に関して具体的な反響があったわけではない。デジタル資産、暗号資産の領域に積極的に関わっていくことに対する期待感は寄せられている。
ノンカストディアルウォレット、あるいはDeFi(分散型金融)は、法制度の面から、どのように進めていくべきかという議論はある。だが、こういった領域からイノベーションが生まれてくる可能性があると考えており、少なくともしっかりと注目しておく必要があると考えている。
AIエージェント向けウォレットは喫緊の課題

──先日、自民党「次世代のAI・オンチェーン金融構想PT」が提言を公表し、その中でAIエージェントにかなり言及していた。今後、AIエージェントが自律的に決済や契約を行うようになったとき、ウォレットはどのような役割を果たすべきだろうか。
笠井氏:急いで検討すべき分野だと認識している。AIエージェントが自動で取り引きすることは、かなりリアルに想像できる世界になっている。例えば、子どもにスーパーにお使いに行ってもらうときに、10万円が入っている財布を渡さないが、信頼できる専門家には金額の大きい取引を代行してもらうこともあることに近いイメージで、用途とシーンに応じて、必要な機能や種類の違いも出てくるだろう。
つまり、少額決済を軽いパーミッションで行うためのウォレット、あるいは機能やプログラム。一方で、本当に信頼が置けるエージェントであれば、資金を預け、代行してもらうためのウォレットや認証など、いくつかパターンが想定できる。
いずれにせよ、ウォレットは決済や認証のために、非常に重要な役割を持つことになると考えている。AIの進化のスピードは非常に速いので、AIが利用しやすいウォレットは何かを急いで検討していきたい。
──通信会社という、一つの社会インフラを担う企業が、別の社会インフラである金融の新しい展開を担っていくというイメージか。
笠井氏:インフラを担うというと大きな話になるが、これまでも金融の分野で、例えば「じぶん銀行」であれば、スマートフォンで使いやすいサービスの提供を目指したり、他の金融商品についても、私たちの通信のお客様に対して利用しやすい形で提供していくことに注力してきた。
ブロックチェーンを活用した新しい金融サービスが、おそらく今後大きくなっていくなかで、この分野についても、お客様にとって、どういう形が使っていただきやすいのかを検討する時期に入ったと思っている。
一方で、通信の部分は、私たちにとって中核であって、非常に重要な部分だが、お客様にさらなる価値提供を行っていこうと考えたときには、すべて自分たちで作るのではなく、専門で、特化して良いサービスを提供されている方と、私たちの強みを掛け合わせて提供していくことを大切にしている。
最終的に形にならなかったものもあるが、常にそうしたことを意識し多数の検討を行っている。
お客様に“意識されない”会社に

──最後に、一つの区切りとして2030年、新会社au Coincheck Digital Assetsは、どのような役割を担う会社になっているだろうか。
笠井氏: これまでも、デジタル資産をより身近に提供するために「αU wallet」の提供などを行ってきた。私たちとしては、簡単に使っていただけるように作ったつもりだったが、それでも最初に始めるハードルが高かったり、難しさはあったと思っている。どうすれば自然に使ってもらえるかに今後取り組んでいく。
そのためにも、ノンカストディアルウォレットを単独で存在させ、アピールするだけではなく、既存の金融や各種サービスとどう融合させていくか、どう使っていただくか。既存のサービスといかにうまくつないでいくかということが重要になる。
お客様からすると、ウォレット自体に価値があるのではなくて、取引やコンテンツを利用することに価値があり、ウォレットはあくまでもそれを使いやすくするための機能だと考えている。
最終的には、デジタル資産の管理や、資産をプログラマブルに使っていただいても、ウォレットが提供する機能そのものはお客様の意識に残らなくていい。よく使われてはいるけれど、あまり意識されない、目立たない会社になるのではないか。
オンチェーン化が進み、当社のサービスがその裏側で使われることによって、従来のさまざまなサービスがより使いやすくなっている。それが最終的な形ではないだろうか。
──この領域が一般に拡がるのは、いつ頃だろうか。
笠井氏:例えば、新入社員に聞くと、証券口座は持っていないけれど、暗号資産口座は持っているという人も出てきている。思っているよりも、浸透は進んでおり、決して遠い将来ではないと感じている。

プロフィール:笠井 道彦(かさい みちひこ)氏
au Coincheck Digital Assets株式会社|代表取締役社長
KDDI株式会社|オープンイノベーション推進本部 OIビジネス開発部
KDDIにてWeb3関連事業を統括。2023年のαU walletやαU marketの展開を主導し、ブロックチェーン領域における同社の取り組みを牽引。HashPortとの資本業務提携を経て、2026年5月に設立された3社合弁「au Coincheck Digital Assets」の代表取締役社長を兼務し、KDDIグループの次世代金融戦略を最前線で推進する。
|インタビュー・文:増田隆幸
|撮影:多田圭佑



