・イーサリアムの開発者は、バリデータのデポジットを耐量子署名に対応させるEIP-8394を検討している。
・イーサリアム(ETH)では約4240万ETH、約1040億ドル(約16.6兆円)相当がステークされており、EIP-8394は、この大規模なステーキング基盤の将来的な耐量子移行に備える提案だ。
・EIP-8394は、将来の認証方式に対応できる新たなデポジットコントラクトと、BLSによる新規バリデータ登録を段階的に終了する仕組みを定める。稼働中の既存バリデータの鍵移行は、この提案の対象外となる。
EIP-8394、1040億ドル規模のステーキング資産を脅かすセキュリティリスクに対応
イーサリアムの開発者は、将来の量子攻撃からネットワークのステーキング基盤を守るための新たな提案を検討している。
Kevaundray Wedderburn、Tom Wambsgans、Thomas Coratgerが共同提案した新EIP案は、複数のバリデータ認証方式と可変長の公開鍵に対応できるよう、イーサリアムのバリデータ用デポジットコントラクトを再設計するものだ。EIP編集者からは「8394」の番号付与が提案されている。
この変更により、イーサリアムのプルーフ・オブ・ステークを支えるBLS署名から、バリデータを段階的に移行させるための枠組みが整う。BLS署名は、十分に高性能な量子コンピューターが登場すれば、将来的に脆弱になり得る。

イーサリアムのコンセンサス層には現在、約4240万ETHがステークされている。8月27日時点の価格換算で約1040億ドルに相当する。
このため、潜在的な暗号技術上の脅威は、バリデータやステーキング利回りを得ている投資家にとって特に重大な問題となる。BLS署名が採用された理由の一つは、イーサリアムの大規模なバリデータ群の署名を効率よく集約できることにある。
しかし、BLS署名も、量子コンピューティングによって理論上破られる可能性がある暗号方式の一つだ。
Google Quantum AIは、secp256k1の256ビット楕円曲線離散対数問題について、最大1200論理量子ビットと9000万Toffoliゲートで解ける回路を示した。
現在の暗号技術を現実的に破れる量子コンピューターの登場時期について、確立した予測はない。イーサリアム財団も脅威は差し迫っていないとする一方、移行には年単位の調整が必要になるとして、早期の準備を進めている。
そのためEIP-8394は、そうした量子コンピューターが実用化される前に、イーサリアムが柔軟に移行できるようにすることを重視している。
この提案では、デポジットコントラクトに移行機能を導入する。BLS廃止機能が有効になると、新しいデポジットコントラクトではBLS方式によるデポジットが拒否される。ただし、EIP-8394自体は代替となる耐量子方式を定義しておらず、その導入には将来の別のEIPが必要となる。
この再設計で可変長の公開鍵に対応することは、特に重要だ。
耐量子暗号方式では、BLSよりもはるかに大きな鍵や署名が必要になる場合がある。そのため、イーサリアムのデポジット基盤には、既存のバリデータ・エコシステムを混乱させることなく、こうした大型の暗号データを扱える仕組みが必要となる。
イーサリアムが量子対策を強化、米国政府もPQC移行を加速
2026年初め、イーサリアム財団はポスト量子セキュリティを戦略上の優先課題に位置付けた。
イーサリアムの公式ロードマップは、耐量子対応の中核インフラについて、おおむね2029年を主要な節目としている。ただし、これは計画上の目標であり、今後変更される可能性がある。イーサリアムのクライアント、バリデータ、リキッドステーキング・プロトコル、アプリケーション全体の移行を開発者が調整するために残された時間は、比較的短い。
段階的に移行すれば、既存のバリデータは当面現在の暗号方式を使い続ける一方、新規デポジットには耐量子方式を順次採用できる。
この方法なら、ネットワーク全体を一斉に移行させることで生じる運用上のリスクを抑えられる可能性がある。一方、デポジットコントラクトの変更は、リキッドステーキング・プロトコルにおけるバリデータ管理や出金の仕組み、関連するスマートコントラクトにも影響を及ぼす可能性がある。
EIP-8394は、現在も草案段階にある。最終的に実装されるかどうかや、その時期はまだ確定していない。今後は、既存のバリデータやリキッドステーキング、そのほかのイーサリアム基盤をめぐる互換性の問題を、開発者がどのように解決するかが焦点となる。
イーサリアム財団が対応を急ぐ姿勢は、ポスト量子技術をめぐる世界的な競争の流れとも一致する。2026年6月22日、ドナルド・トランプ大統領は、米国の量子技術における主導権強化と、量子技術がもたらす暗号上の脅威への対応をそれぞれ進める、2本の大統領令に署名した。
1本目の大統領令「量子イノベーションの次なるフロンティアを切り開く」(大統領令14413号)は、国家量子戦略を更新するものだ。
同令は、科学的発見に役立つ量子コンピューターの開発を目指す国家プロジェクト「QC-ADDS」を設置し、必要な仕様や官民連携の枠組みを検討するよう関係機関に指示した。完成期限は定めていない。
同時に、量子センシングと量子ネットワークの発展に向けた5カ年計画を関係機関が策定することも定めている。
2本目の大統領令「高度な暗号攻撃から国家を守る」(大統領令14412号)は、量子技術がもたらすサイバー上の脆弱性に先手を打って対処するため、米連邦政府による耐量子暗号(PQC)への移行スケジュールを前倒しするものだ。
同令は、国家安全保障システムを除く連邦政府の高価値資産(HVA)と高影響度システムについて、鍵確立を2030年末まで、デジタル署名を2031年末までにPQCへ移行するよう求めている。これを受け、米財務省は8月24日、官民合同の専門組織「量子対応タスクフォース」を立ち上げた。


