2026年現在、暗号資産(仮想通貨)を巡る日本の規制環境は大きなターニングポイントを迎えている。
暗号資産の規制を資金決済法から金融商品取引法(金商法)に移す改正法が7月、国会で成立した。暗号資産は株式などと同様に、国民の資産形成に資する投資対象として位置づけられ、インサイダー取引の禁止や発行体の情報開示の義務付けなど投資家保護の規律も強化される見通しだ。
投資家にとっては、暗号資産取引で得た利益への申告分離課税の適用や暗号資産ETF(上場投資信託)の解禁も視野に入る。
同改正法の施行は2027年と見込まれている。株式などと同じ制度の下で暗号資産が扱われるようになるのは、そこからさらに1年後の2028年。仮に1月とすると、残された時間は1年半ほど。投資商品としての暗号資産にとって、言わば現在は”メジャーデビュー前夜”と言える局面にある。
仮想通貨やクリプト。ビットコイン(BTC)をはじめとする暗号資産にはいろいろな呼び方がある。ただ、どんな呼び方であれ、単体で特別視し、過度に煽られてきた時代は終わりつつある。今後は金(ゴールド)や不動産など、伝統資産と並ぶ投資対象の一つとして比較される時代に入る。
こうした思いから、NADA NEWSはこれまでに各市場を牽引してきた伝統アセットの先達に話を聞くことにした。第1弾として取材したのは、「ブルース」のディーラー名で世界のトレーダーに知られる金投資家の池水雄一氏。同氏は、日本貴金属マーケット協会代表理事も務める人物だ。
金とビットコインは、いずれも供給に上限がある点が共通する。「デジタル・ゴールド」とも呼ばれるBTCを池水氏がどう見ているのか、現在の金相場の分析とあわせて聞いた。
金相場を変えた「ワシントン合意」
池水氏が金への投資を始めたのは1990年代後半、30代前半の頃だった。当時の金価格は1トロイオンス400〜500ドル前後。記事執筆時点の4500ドル前後(約70万円)と比べると、10倍以上の値上がりとなる計算だ。
「それまでは、ずっと右肩下がりのマーケットだった」と池水氏は振り返る。
転機として挙げたのが、1999年の「ワシントン合意」だ。それまで世界の中央銀行にとって金は無計画に「売り払う対象」であり、市場最大の売り手だったという。「中央銀行が金を買うなんてイメージは、当時は全くなかった」と述べた。
同年、欧米の中央銀行がワシントンに集まり、年間の売却量全体に400トンという上限を設ける合意を結んだ。これを境に中央銀行の姿勢は転換し、金は上昇局面に入っていく。池水氏にとっても、投資家として金を本格的に見つめ直す大きなきっかけとなった。

もっとも、池水氏と金との出会いは1980年代に新卒で入社した商社時代にまで遡るという。たまたま配属されたのが金や銀、プラチナなどの現物・デリバティブ取引を扱う貴金属事業の担当だったが、当初は金属ごとの違いすら明確に分からず、興味も薄かったと振り返った。
1オンス5500ドルの急騰
2026年の年頭、金市場は熱狂に包まれた。
1月には1トロイオンス5500ドル(約87万円)台を突破し、史上最高値5595ドルを記録した。池水氏に1月の急騰局面を聞くと、「あまりにも買われすぎたバブルだった」と指摘。5000ドル突破からわずか3日で5500ドル台まで駆け上がったとし、「3日間で10%も跳ね上がるなんて、今までの金市場ではあり得ない異常事態だった」と振り返った。
短期の投機的な買いが殺到したことを受け、先物取引所は3日連続で証拠金を引き上げた。
追加証拠金を払えない投資家が相次いで売りに転じたことが、その後4000ドル近辺への急落を招いたという。池水氏はこれを「暴落というより、その前の異常な買われすぎが正常な水準に戻っただけ」とし、市場としては健全な調整だったとの見方を示した。
「何が適正価格かは誰にも分からない」と池水氏は言う。直近の値動きの背景としては、ドル安の進行や緊迫した中東情勢の継続、米長期金利の低下観測などが挙げられる。金利を生まない金にとって、金利の動向は短期的な売り買いの材料になりやすい。
安全資産の意味
金相場を下支えしてきた要因として、池水氏が挙げたのが中央銀行の動きだ。

世界金協会(World Gold Council)の調査では、世界の中央銀行の45%が今後1年以内にさらに金を買い増したいと回答しているという。中国人民銀行(PBOC)は5500ドル台の高値圏では買いを控えていたが、4000ドル台まで調整していた局面ではむしろ購入量を増やしていたと指摘した。
ただ、金には配当もキャッシュフローもないのではないか。記者の問いに池水氏は「同じ目線で比べない方がいい」と応じた。
「100年前、1キロバーの金塊を10本持っていたら、当時でも立派な家が買えた。今、1本が約2500万円だから、10本で2億5000万円。今でも都内で豪邸が買える」と説明。一方で、「現金のままで100年持ち続けていたら、その価値はインフレでほぼ失われていたはずだ」とする。
1971年のニクソンショック以降、中央銀行は紙幣を刷り続けてきたが、金の年間産出量は約3700トンという物理的な上限があり、それ以上は増やせない。
金が「安全資産」と呼ばれる理由について池水氏は、「価格が動かないという意味ではない」と説明。「発行体のリスクが一切なく、価値が消滅しないという意味だ」と述べた。
リグったら終わり
池水氏の投資哲学で際立つのが、これまで一度も金を売却したことがないという長期スタンスだ。
「投資でもっとも大切なのは、売らないこと。リグった(利食った)ら終わりだといつも言っている」と語る。
「400ドルで買った人が、800ドルになったからと利食って売ってしまう。その後1000ドル、2000ドル、5000ドルまで駆け上がったとき、その人は怖くて二度と市場に戻れなくなる」と指摘。一度手放した資産は、もう同じ価格では買い戻せないというのが池水氏の考えだ。
発行数量の限られている金は、値上がりを続けるという哲学が根幹にあるようだ。
では、いつ現金化するのか。
「家を買う、子どもが大学に入るなど、人生で本当にお金が必要になった時に初めて換金すればいい」。今年1月、評価額が急拡大した局面でも、売却の選択肢は「1ミリもなかった」とした。
伝統の「株60:債券40」は終わった
発行数量が限定されているという意味では、発行上限が2100万枚のビットコイン(BTC)にも金との共通項がある。池水氏はビットコインをどう捉えているのか。
同氏はまず、金がアセットクラスとして格上げされた歴史的背景に触れ、米国初の金現物ETFが2004年に登場したことが、現物保管や先物市場の複雑さを敬遠していた機関投資家マネーを呼び込むことに成功したと説明。そのうえで、この歴史は2024年に米国で現物のビットコインETFが承認され、機関投資家マネーの流入で価格が急騰した経緯と重なると指摘。「普段から株式を触っているプレイヤーが、いつもの証券口座からアクセスできるようになるのは、非常に大きい」と分析する。

ビットコインが以前より身近な存在になっていること自体は認めたうえで、池水氏が引き合いに出したのが、海外の資産運用会社が発行する「イン・ゴールド・ウィ・トラスト(IGWT)」レポートだ。同レポートが示す資産配分には、ビットコインが5%組み込まれているという。
「かつて王道と言われた株60%・債券40%のポートフォリオは、インフレと通貨の希薄化によって変わった」と池水氏。同レポートが示す配分は株式40〜45%、債券15%、貴金属・コモディティ35%(金を安全資産枠15%・積極運用枠10%に分け、その他コモディティ10%)、そしてビットコイン5%という内訳だという。
「ボラティリティが大きいビットコインも、5%程度組み入れることでポートフォリオ全体のパフォーマンスを引き上げる効果は否定しないと述べた。
円は持たない
終盤、池水氏は自身のポートフォリオを明かした。
最大の比率を占めるのは株式・ETF(国内)で26%。次いで米株・ETFが5%。投資信託は14%、外貨預金15%、外貨保険3%、変動型終身保険11%、年金7%となっている。

貴金属は、貴金属地金11%・貴金属積立3%・貴金属ETF2%を合わせて16%。IGWTレポートが示す25%という目標にはまだ届いていないと説明した。
日本国債や国内の社債は保有していない。「この低金利で、何年も資金を固定される日本国債を買うくらいなら、いつでも使えるキャッシュのままで持っていた方がいい」と池水氏。AIやデータセンター、EV関連の実需拡大を見込み、銅やアルミなど非鉄金属への投資もETFを通じて組み込んでいるという。
この配分に、ビットコインは入っていない。自らは投資していないと明かし、理由として「現物がないこと」と「投資を始めるタイミングを逃したこと」の2点を挙げた。1BTCが6万ドル台をつけた2021年頃に購入を検討したこともあったというが、取引口座の開設が煩わしく見送ったという。
発行上限が設けられているビットコインの性質を踏まえ、「今後も価格は上がるだろう」と予測。「否定はしない」と述べる一方、金のように数千年単位の価値の裏付けを持たないことと実体を伴わないデジタルデータである点を挙げ、「トラックレコードがまだ10数年しかない」ことが金との最大の違いだとした。
◇◇◇
暗号資産が伝統的なアセットと肩を並べる日は、確実に近づいている。だが、5000年以上という金の歴史に対し、ビットコインはまだ20年弱。制度の上で並ぶことと、投資家から信頼されることは、また別の話だ。暗号資産が本当の意味で「資産形成に資する」存在になれるかどうかは、これから問われることになる。
|取材・文:橋本祐樹
|トップ写真:金の投資家として活躍する日本貴金属マーケット協会代表理事の池水雄一氏(撮影:平木昌宏)


