デジタル資産の重心が「投機対象」から「金融インフラ」へと移るなか、ステーブルコインとトークン化資産は、銀行、決済事業者、資産運用会社を巻き込みながら急速に存在感を高めている。
金融機関や政府系機関、大手企業向けにデジタル資産の保管・送金・発行プラットフォームを提供するFireblocks(ファイアブロックス)の共同創業者兼CEO、マイケル・シャウロフ(Michael Shaulov)氏は今回、アジア各国を巡る約10日間の出張の最後に日本を訪れた。
イスラエル国防軍のサイバーセキュリティ部隊出身で、幼少期から同分野に携わってきた同氏は、北朝鮮による大規模な暗号資産ハッキング事件の調査に関わった経験をきっかけにFireblocksを創業した。
NADA NEWSは4月23日、都内でシャウロフ氏に独占取材。日本のステーブルコインの現在地やAIエージェント時代を見据えた金融の将来像について聞いた。
制度面で先行した一方、日本は実装と普及では米欧に後れを取っていると指摘したシャウロフ氏。円建てステーブルコインが十分な流動性と国際的な接続性を確保できなければ、新たな金融秩序のなかで円の存在感が相対的に低下しかねないとの見方を示した。
デジタル資産界の「地殻変動」
──この1年のデジタル資産市場で、構造的に最も大きく変わったことは何か。
シャウロフ氏:いま世界で起きているのは、デジタル資産における地殻変動のようなものだと思う。金融機関が次々にオンチェーンへ入り始めている。しかも彼らは「暗号資産だから」ではなく、「そのレールが使えるから」参入している。
いま最も重要なのは、あらゆる決済領域におけるステーブルコインの採用だ。その背後では、RWA(現実資産)のトークン化を通じた資本市場や投資商品の発展も進んでいる。

この変化は2つの意味を持つ。
第一に、これまで暗号資産業界の外にいたプレーヤーが、すでにステーブルコインを使い始めている。Stripe(ストライプ)やWorldpay(ワールドペイ)、Adyen(アディエン)、MoneyGram(マネーグラム)、Western Union(ウェスタンユニオン)のような大手決済事業者のことだ。第二に、オンチェーンRWAのまわりで資本形成が進み、その流れが大手銀行や資産運用会社を引き寄せている。
──日本はステーブルコインの法整備が早かった一方、発行や普及ではやや出遅れている。グローバルでは、どう見られているのか。
シャウロフ氏:その認識はおおむね正しい。日本は、米国でいうジーニアス法に相当するような制度整備をかなり早い段階で進めた国のひとつだ。
ただし現状では、米国や欧州で見られるトレンドに比べるとやや後れを取っている。もちろん世界にはさらに遅い市場もあるが、日本は規制面で先行したにもかかわらず、実装という意味では、米欧に追いつこうとするフェーズにある、というのが現状だろう。
デジタル円がなくなるリスク
──国内のステーブルコイン普及はまだ初期段階だ。最大の障壁は何だろうか。
シャウロフ氏:現在、ステーブルコインの主なユースケースは国際送金やクロスボーダー決済だ。その多くはドル建て、あるいはUSDCやUSDTといったドル連動型のステーブルコインで動いている。
日本の規制環境では、そうしたドル建てのステーブルコインを国内で利用することが難しい。
もちろん、国内のドル化を防ぐ観点から理解できるが、一方でクロスボーダー決済のような限定用途においては、リスクを抑えつつ活用を認める設計もあり得たはずだ。
結果として、日本では主要ユースケースに必要な流動性へのアクセスが制約されていることが、普及の大きな障壁になっていると考えている。
──円建てステーブルコインは、国外でも意味のある存在になれるだろうか。
シャウロフ氏:結局のところ、それは世界の貿易において円がどれだけ使われているかにかかっている。

ただ私は、むしろ対応が遅れれば、グローバルなデジタル決済の文脈での円の存在感が相対的に低下するリスクを懸念している。世界の貿易がステーブルコインへ移行していくなかで、十分な流通量、流動性、FXの変換機能を備えた資産を早期に整備できなければ、新しい金融の世界での円のプレゼンスに影響が出かねない。
重要なのは、グローバルに使われる資産として、流動性と採用の両方を確保できるかどうかだろう。他通貨との交換のしやすさも含め、円建てステーブルコインが循環する市場を構築できるか。それができなければ、デジタルマネーの競争で不利になる可能性がある。
──そうした新しい金融環境の中で、Fireblocksはどのような役割を担うのか。
シャウロフ氏:私たちは、ステーブルコイン、デジタル資産、RWAを採用する企業向けのインフラを提供している。ウォレットの生成、資産の保管、送金、そしてアセットのオーケストレーションを支える仕組みだ。
フィンテック企業や機関投資家向けに、安全でコンプライアンスに適合し、スケーラブルな基盤を提供することが、私たちの中核的な役割となる。加えて、Fireblocks Networkを通じて、参加者同士が安全に接続し、メッセージングや決済を行うための基盤も提供している。
要するに、新しいデジタル金融市場に参加するためのインフラそのものを支えている。

ステーブルコインとトークン化預金は競合か
──日本ではトークン化預金の活用も検討されている。ステーブルコインとは競合するのか、それとも補完関係になるだろうか。
シャウロフ氏:単純に競合でも補完でもない。一部は重なり、一部は異なる。ユースケースによってはどちらでも成立する場面がある。
ただ、トークン化預金には構造的な制約がある。基本的には銀行の内部に存在するものであり、その設計、カウンターパーティーリスク、規制の枠組みを考えると、銀行の外で自由に流通する資産にはなりにくい。銀行間振替やホールセール用途には向いているが、銀行システムの外へ大きく広がるには限界がある。
一方、ステーブルコインはフルバックでよりオープンな設計となっており、銀行の外でも機能しやすい。
ただ、既存銀行のビジネスモデルとは必ずしも相性がよくない面もある。このため、トークン化預金が伝統的な銀行システムの内部で一定の役割を果たす一方、クロスボーダーやDeFi(分散型金融)、P2Pを含む新しいエコシステムでは、ステーブルコインのほうが適していると見ている。
──日本の金融機関が、デジタル資産について抱いている最大の誤解は何だと考えるか。
シャウロフ氏:興味深いことに、私が会う日本の金融機関の人間は、世界の平均的な金融機関よりも、デジタル資産についてよく理解している。少なくとも、この領域を担当している日本の金融エグゼクティブは、米国の平均的な担当者より理解が深いと感じることが少なくない。
そのうえで言えば、誤解が残っているのは、主にステーブルコインのユースケースについてだろう。しかも、その誤解は金融機関だけでなく、暗号資産交換業者やフィンテックの側にもあるかもしれない。
たとえば米国では、Coinbase(コインベース)やKraken(クラーケン)のような企業が、ステーブルコインを単なる交換所ビジネスの補助線ではなく、ネオバンクやネオフィンテックへ進化するための中核として位置づけている。
ステーブルコインは単に暗号資産を売買するためのものではなく、金融サービス全体の入り口になりうる。その発想の転換が、日本ではまだ十分ではないのかもしれない。
AI時代の金融は「1つのウォレット」に
──デジタル資産を考える際、AIとステーブルコインの融合が大きなテーマになっている。
シャウロフ氏:私たちはAIへの投資を強化している。エージェンティック領域のロードマップを公開し、AIエージェントがFireblocksに接続して業務を実行できる仕組みを整えている。
また、エージェントによる決済、いわゆる「エージェンティック・ペイメント」の提供も進めており、AIエージェントがステーブルコインで送金・受け取りを行う環境を作っている。
重要なのは、AIに資金を扱わせる以上、ハルシネーションや不正といったリスクをどう抑えるか。私たちの役割は、資産を毀損させないための強固なガードレールを提供することにある。
──そのガードレールは、国や地域ごとに変わるのか。
シャウロフ氏:初期段階では比較的普遍的なものになると考えている。現状は技術と普及のスピードに対して、規制や認識が追いついていない。
だからこそ、まずは国や地域ごとの差異よりも、「どうすれば利用者に安全性と健全性を提供できるか」という第一原理に立ち返るべきで、私たちが重視しているのは、まさにその点だ。
──最後にCEOとしてのあなたのビジョンが聞きたい。今から5年後、金融の世界で当たり前になっていることは何だろうか。
シャウロフ氏:あらゆる資産がひとつのウォレットに入る世界が来る。住宅ローンでも、有価証券でも、ポイントでもいい。さまざまな資産がひとつのウォレットに収まり、しかも相互運用可能になる。金融商品やアドバイスは、アプリストアのように並び、その多くはAIエージェントによって動くようになるはずだ。

そのとき重要なのは、「多通貨のウォレット」というより「多資産のウォレット」だということ。オンチェーン金融が広がるだけでなく、そこに付随する投資助言や資産管理もAIが担うようになる。
いまは富裕層しか受けられないような高度なアドバイスも、AIによって、100ドルしか持っていない人にまで届くようになるだろう。資産額の多寡にかかわらず、最良の金融アドバイスにアクセスできる。それが金融の普通の姿になっていても不思議ではない。
|インタビュー:橋本祐樹
|文:瑞澤 圭
|撮影:NADA NEWS編集部



