世界は進む、日本はどうする──ステーブルコイン普及を阻む「3つの壁」

2月3日に都内で開催された「Japan Stablecoin Summit #2」では、「ステーブルコイン普及の最大の壁」と題したパネルディスカッションが行われた。パネリストとして、アンダーソン・毛利・友常法律事務所のパートナー弁護士の梅津公美氏、チェイナリシスジャパン日本代表の内田雅彦氏、Japan Open ChainファウンダーでG.U.Group代表取締役社長でもある近藤秀和氏が登壇。モデレーターは、森・濱田松本法律事務所のパートナー弁護士である増田雅史氏が務めた。

議論では、日本におけるステーブルコイン普及の障壁として、①法制度②コンプライアンス・セキュリティ③社会構造という三つの論点が浮かび上がった。

誰が発行できるのか

日本でステーブルコインを発行できる主体は、銀行(信託銀行を含む)、資金移動業者、信託会社に限定されている。ただし、それぞれに異なる課題があると梅津氏は話す。

銀行については、当局の姿勢が依然として慎重であり、実務レベルでの法整備はまだ十分に進んでいないと説明。資金移動業者は発行できるものの、送金額に上限が設けられているため、PayPayなどの既存の決済サービスなどと競合する中で、明確なビジネスモデルを描くことが難しい課題があると指摘した。

一方、信託会社や信託銀行については制度上の発行スキームは整備されている。ただし、信託法制や受益者保護の観点から厳格な要件を満たす必要があり、実務面でのハードルは決して低くない。梅津氏は、誰でも参加できるパーミッションレス型のブロックチェーン上で発行する場合には、発行者がどこまで責任を負うべきかについて整理が不可欠だと指摘した。

さらに、発行体が預かり資産を自由に運用できない以上、収益構造は限定的だ。「誰が経済合理性を持って普及を牽引するのか」という根本的な問いも残る。

海外ステーブルコインを扱う「電子決済手段等取引業者」にも、厳しい規制の壁が立ちはだかる。現行法では日本と同等の法的保護を求める要件があり、その適合性の判断に時間を要している。梅津氏は、「海外で認められているならそのまま日本に持ち込める」といった相互主義が導入されれば参入障壁は下がると見通した。

コンプライアンスとセキュリティ

内田氏は、実務面から見たリスクを提示した。昨年、制裁対象者や詐欺グループ、ハッカーなどの不正主体に渡った暗号資産・ステーブルコインは約23兆円に上ると説明。ただし、全トランザクションの1%未満でもあるとし、「この数字をどう評価するかは重要な論点だ」と述べた。そのうえで、2つの脅威を挙げた。

〈チェイナリシスジャパンの内田雅彦氏(左)と、Japan Open Chainファウンダーの近藤秀和氏〉

1つ目は、ウォレットからの資産流出。北朝鮮に関連するハッカーらによる攻撃は高度化していると話す。2つ目は、スマートコントラクトの脆弱性。監査を経てもゼロデイ攻撃のリスクは排除できない。担保以上にトークンが発行されれば、ペグは崩壊しかねないという。

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内田氏は「従来の法定通貨の考え方やコンプライアンスでは解決できない。ブロックチェーン特有のリスクベースのアプローチが必要だ」と強調した。また、二次流通市場での悪用リスクにも触れ、米国のジーニアス法で発行体のモニタリング義務が明文化された点を紹介。「日米で同じ基準になれば、相互流通の壁がなくなる」と制度面への期待を示した。

規制とユーザビリティ

近藤氏は、より構造的な視点から課題を提示した。Web1.0と呼ばれるインターネット黎明期にブラウザ開発などに携わった経験を振り返り、当時の日本は著作権法などの規制に慎重で、その間に海外でインターネットが急速に普及したと指摘する。

「インターネットがグローバルに繋がっている以上、日本だけ規制しても仕方がない」と述べ、「同じことが金融でも起こり得る」と警鐘を鳴らした。

ユーザビリティの観点では、メタマスクに代表されるノンカストディアルウォレットで一般利用者が秘密鍵を自己管理するのは現実的ではないと指摘。マスアダプションを見据えるなら、携帯キャリアが端末レベルで秘密鍵管理を担う仕組みが必要との見方を示す。「例えば、KDDIなどの大手キャリアが実装すれば現実味を帯びる」と述べ、韓国ではすでに実験が始まっていると紹介した。

〈近藤氏は、メタマスクなどのノンカストディアルウォレットが一般に普及するのは現実的ではないと指摘:画像、Shutterstock〉

ステーブルコインの普及は単なる決済手段の拡張にとどまらず、社会構造そのものを変える可能性があると指摘。1円単位の保険商品や、地方の飲食店に海外投資家が直接資金を投じるような世界も視野に入ると例を挙げた。

増田氏も、携帯キャリアのような顧客接点を持つ中間者の役割は重要だと応じ、「規制は不可欠だが、産業振興とのバランスを取る視点が求められる」と述べた。

世界の実装事例と相互主義の必要性

近藤氏は、アルゼンチンで開催されたイーサリアムファウンデーションの開発者カンファレンスに参加した際の体験を紹介。同国では高インフレが続き、法定通貨への信認が揺らいでいる。昨年はインフレ率が200%に達し、足元でも約30%と高水準にあるという。空港にはDeFi(分散型金融)関連の広告が掲示され、クリプトはすでに日常的な決済手段として浸透していたと語った。

さらに、スイスのスタートアップ企業の事例にも言及。SWIFT(スイフト)を通じてUSDCを世界中に送金できる仕組みを説明していたといい、その裏側では現在UBS傘下となっている旧クレディ・スイスが関与しているという。「ここまで進んでいるのかと拍子抜けした。日本の皆さんには、こうした世界の現実を直視してほしい」と述べた。

世界ではすでにクリプトの実需が生まれていると近藤氏は強調。「南米やアフリカでは銀行口座を持てない人が大半だ」と述べ、「彼らにとってステーブルコインは経済参加のきっかけになっている」と主張。日本の政策当局に対しても、「ぜひ現地に足を運び、実態を見て来てもらいたい」と訴えた。

セッションの終盤、増田氏は登壇者に「壁を乗り越えるには何が必要か」と問いかけた。

内田氏は、日本は法整備で先行した国の一つだと評価しつつ、「ボーダレスな世界である以上、相互主義に基づく共通基準が不可欠だ」と主張。「壁があるなら、壊すか乗り越えるかしかない」と述べ、壁を目の前にして日本は撤退してもいいのだろうかと会場に問いかけた。

梅津氏は、現行法を前提に実務上求められる水準を整理し、課題があれば着実に提言していくことが重要だと述べた。

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日本のステーブルコイン普及には規制の柔軟性、新たなリスク管理手法、そして世界標準との接続が求められている。壁を越える第一歩は、日本の内側だけで議論を完結させない視座を持つことにありそうだ。

|文:橋本史郎
|編集・撮影:NADA NEWS編集部
|TOP画像:都内で行われた「Japan Stablecoin Summit #2」