NECグループの独立シンクタンク、国際社会経済研究所(IISE)は2月6日、都内で「AIと共創する未来社会・世界知が交差する日」と題したフォーラムを開催した。題目が示すように主要テーマはAI(人工知能)だったが、フォーラムではWeb3やブロックチェーンといった分散型技術が、AI時代の社会基盤として果たす役割についても議論が及んだ。
冒頭には、AIや暗号資産(仮想通貨)・Web3分野への投資で知られる世界的ベンチャーキャピタル(VC)、アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz、通称a16z)のゼネラルパートナーを務めるマーティン・カサド(Martin Casado)氏が基調講演した。
カサド氏は、生成AIが過去のAIブームと決定的に異なる点として、初めて「明確なビジネスとして成立している」ことを挙げた。従来のAIは研究価値は高くても市場規模や導入コストの面で制約があり、スタートアップが成長できる領域になりにくかったという。一方、生成AIは需要が極めて大きく、コストとスピードの両面で人間の知的労働を大きく上回るため、企業活動の中核に組み込まれ始めていると説明した。
ただ、ソフトウェア開発ではコードを書く行為の比重が下がる一方で、設計や運用、判断といった人間の役割がより重要になっていると述べ、生成AIは人を置き換えるのではなく「生産性を高める基盤技術」だと強調した。
その後のセッションでは、産官学の有識者がAIの社会実装を進める上での課題や新たなビジネスモデルについて意見を交わした。
分散型IDが可能にする業界横断のサービス
「AI・データ×自己主権型アイデンティティで実現する未来の社会像」をテーマにしたセッションでは、分散型ID(DID)や自己主権型アイデンティティ(SSI)を軸に議論が展開された。Web3技術を活用し、信頼やガバナンスをいかに構築していくかについて、登壇者から多角的な意見が示された。

登壇したのは、早稲田大学理工学術院基幹理工学部情報理工学科教授の佐古和恵氏、総務省情報流通行政局参事官室参事官補佐の下山祐治氏、日本航空デジタルテクノロジー本部MAR戦略タスクフォースアシスタントマネジャーの渡邊郁恵氏、NECバイオメトリクス・ビジョンAI統括部Decentralized ID事業開発グループプロフェッショナルの関根宏氏。IISEソートリーダーシップ推進部/NECディレクターの樋口雄哉がモデレーターを務めた。
冒頭で佐古氏は、自己主権型アイデンティティを構成する要素として、DID(分散型識別子)とVC(検証可能なデジタル証明書)の存在を挙げたうえで、プラットフォームごとにIDやパスワードを管理する現在の仕組みは、利用者に負担を強いるだけでなく、なりすましや情報漏洩といったリスクを内包していると指摘。

公開鍵暗号やデジタル署名を基盤とした本人確認は、パスワードに依存しない社会を実現する前提条件になり得ると述べた。
下山氏は行政の立場から、日本が直面する構造的課題として「労働人口不足」を挙げた。生成AIやデジタル技術の活用は避けられない流れであり、ヘッドマウントディスプレイを用いた没入型トレーニングや遠隔地からの技能教育といった取り組みは、行政サービスや産業現場の人材不足を補う有力な手段になると指摘。その際、信頼できる本人確認や属性証明をどう担保するかが重要であり、DIDやVCを活用できる可能性に言及した。

産業側からは、日本航空(JAL)の渡邉氏が航空業界での具体的な取り組みを紹介した。コロナ禍を経てインバウンド需要が急回復する一方、空港では慢性的な人手不足が課題となっており、従来型の本人確認や手続きのあり方には限界があると指摘。こうした課題を背景に、パスポート内のICチップ情報をスマートフォンに取り込み、デジタル化されたパスポートやビザとして活用する構想を進めているという。

すでに成田空港では海外の航空会社と連携した実証実験も行われており、空港を「手続きを行う場所」から「そのまま通過できる場所」へと変えていくことを目指していると説明。その実現には、技術面だけでなく、行政との制度調整や国際的な連携が不可欠だと強調した。
NECの関根氏はSSIとVCの活用によって、個人が自らのデータを管理しながら、経済圏や業界を横断したデータ連携が可能になるとの見解を示した。
その具体例として、昨年の大阪・関西万博で落合陽一氏がプロデュースした「null²(ヌルヌル)」で提供されたデジタル上の分身「Mirrored Body」を支える技術の一つをNECが担った事例を紹介。Mirrored Bodyの情報管理や本人性の担保にあたり、同社はVCを発行・活用する仕組みを提供したと説明した。

関根氏は、本人の意思に基づくデータ利用を技術的に担保できる点を強調し、今後、AIエージェントやデジタル上の分身といった存在が社会に浸透する中で、こうした技術が信頼性や責任の所在を支える重要な要素になると指摘した。
セッション全体を通じて、自己主権型アイデンティティの考え方や、その理念を実装する手段として挙げられるDIDやVCなどの技術が、AI時代の信頼やガバナンスを支える社会基盤として位置づけられていた。行政、企業、研究者がそれぞれの立場から連携し、制度と技術をすり合わせていくことの重要性が改めて示された。
|文・写真:橋本祐樹
|トップ画像:a16zのゼネラルパートナーを務めるマーティン・カサド氏
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