鹿児島県薩摩半島の西方約30キロに位置する、人口約3800人の「甑島(こしきしま)」列島。
本土との往来を定期船のみとするこの離島の最南端・下甑島に昨年7月、クラフトビール醸造所「KOSHIKI BREWERY(こしきブリュワリー)」は開業した。

このブリュワリー建造の背景が、おもしろい。そこにはWeb3を絡めた特異な資産設計が存在する。
建物の構成要素を「基礎」や「梁(はり)」など約2000点のパーツに分割し、それぞれをデジタル所有証明書NFTとして販売。全国の支援者が「離島ビール工房」のパーツオーナーになれる仕組みを構築したのである。

2025年は、不動産や社債などをブロックチェーン上でデジタル証券(セキュリティ・トークン)化し、利回りを小口分配する手法が広がった一年となった。
しかし、金融商品取引法に基づく厳格なライセンスの取得や証券会社を介した複雑なスキーム構築は、離島のスタートアップにとって実務・コストの両面で現実的ではない。
こうした制約下で同ブリュワリーが採用したのは、あえて利回りという投資の側面を切り捨て、参加者が「建物の一部を物理的に支えている」という実感そのものを共有する「所有感」への特化であった。
法的な裏付けを持たないデジタル上の「感覚」だけで、離島ビジネスは興せるのだろうかー。
そんな疑念をよそに、すでに下甑島の工房では4基の発酵タンクがフル回転し、海を越えて全国へと製品が届けられている。

一見、よくある地方創生プロジェクトに映るが、主導する日置泰博氏の動機は、通常のベクトルとは逆を向く。
「地方活性の優先順位は86番目ぐらい。自分たちが楽しいからやる」
本稿では日置氏への取材を通じ、離島で産声を上げたビールプロジェクトの舞台裏を、その喉越しのようにスッキリと紐解いていく。

「配当」ではない、「ドヤれる権利」
こしきブリュワリーの設計において最も野心的な試みは、醸造所という物理的な建造物をあたかもプラモデルのように細分化し、アセット(資産)化した点にある。
日置氏は設計図に基づき、建物を土台となる「基礎」をはじめ、梁(はり)や断熱材、さらには外壁の各面など約2000点の部位に分割。その一点一点を独立したNFTとして発行した。

価格設定は1000円から15万円までと幅広く、誰でも「ビール工房のオーナー」になれる入り口を用意した。
日置氏は、細分化の狙いをこう語る。
「建物を数千のパーツに分割することで、それだけオーナーを募ることが可能になる。“多くの人によって工房が支えられている”という状態そのものが、プロジェクトに重みを与える」

この設計を単なる概念に留めず「体験」へと変えたのが、有志のコミュニティメンバーが開発した「基礎レーダー」や「壁レーダー」といった独自のインターフェースだ。
多くのNFTプロジェクトが「画像の所有」という概念的な体験に留まるなか、本プロジェクトのホルダーは、自身のパーツが建物のどの座標に位置し、どのように全体を支えているかをシステム上で特定できる。

この所有の可視化こそが、数千キロ離れた場所に住む支援者へ、物理的な手触りを与える鍵となった。
加えて、日置氏はその実在感を強固にするため、日本の神社に見られる「石碑(奉納)」の文化を設計に取り入れた。
梁や扉など特定のパーツを保有しているNFTホルダーに対し、実際にその部位へ自分の名前を刻む権利を付与したのである。
自身の関与を物理的な証拠として周囲に誇ることができる、いわば「ドヤれる権利」を資産価値として定義した。
これらのアプローチは導入でも触れたデジタル証券(セキュリティ・トークン)による利回り分配とは対極にある。
もし、建物のパーツ販売にビールの売上に応じた配当といった約束を付帯させれば、それは法律上の「投資商品」となる。
しかし、それは小規模なプロジェクトにとっては、制度上の要件があまりに重く、実際的には立ち入ることのできない領域であった。
日置氏はあえて法的な権利(所有権)を追わず、「所有感」という情緒的な報酬にリソースを集中させる道を選んだ。
実際、高額パーツのオーナーが現地を訪れ、ステンシルで印字された自身の名前を確認し、満足げな表情を浮かべる光景が見られるという。

物理的な証跡に直接触れる体験は、書類上の権利よりも、強固な当事者意識を芽生えさせる結果となった。
日置氏は、この設計の意図を次のように総括する。
「所有権という重い権利を付帯させると、利回りを目的とする層が流入し、コミュニティの質が変わる。情緒的価値が、共に拠点を育てる仲間を集める、そのリトマス試験紙として機能した」
数字への苛立ち、情熱の合流
不動産などをブロックチェーン上のトークンと結びつけ、デジタル上での管理を可能にするRWA(Real World Asset:実物資産)市場は、2025年を通じて大規模な機関導入へと移行した。
CoinDeskによれば、トークン化市場は3年間で380%と急成長し、240億ドル(約3兆8000億円、1ドル=156円換算)規模に到達(2025年6月時点)。
国内でもSBIホールディングスとスターテイル・グループが共同でRWA取引基盤の開発に乗り出すなど、資産のデジタルアセット化は市場の至上命題となった。
こうした巨大資本主導のトレンドに対し、日置氏のプロジェクトは、RWAという技術が小規模な拠点づくりにおいても有効であることを証明している。
同氏が現在の設計に至った背景には、バブル期のNFT界に蔓延していた数字至上主義への強い苛立ちがあった。
「当時は、フロア価格(NFT購入可能価格)やDiscordの人数ばかりを競って、中身がスカスカなプロジェクトが乱立していた」
本来、NFTは効率化や利回りだけでは測れない、個人のこだわりを証明するためにあるはず―。
こうした業界全体へのアンチテーゼが、離島のブリュワリーという物理的な実体をデジタルと結びつける独自の思想を生んだ。

運命も彼に味方する。
このプロジェクトを動かした最大の要因は、自らが主宰するNFTコミュニティ「Covered People」から溢れ出した一人の男の情熱であった。
後に「こしきブリュワリー」の醸造責任者となる松田裕之氏である。

横浜でバーを経営していた松田氏が、ルーツである甑島で「ビールを造りたい」と具体的な計画を打ち明けた。
かねてより、デジタルデータの所有に留まらない「実体のあるNFT」を模索していた日置氏の想いと、松田氏の情熱が合致したことで、プロジェクトは一気に具体化へと向かったのである。

しかし、建物をNFTと結びつけ、一般層が参加可能な仕組みとして成立させるには、信頼性と利便性の高いインフラが不可欠であった。
ここで、コミュニティに一人のファンとして参加していた玉置智史氏の存在が浮上する。
KDDIのシニアUXデザイナーである同氏が、日置氏のクリエイティブに惹かれコミュニティに深く入り込んでいたことが、構想を現実化させる架け橋となった。
この偶然の合流により、KDDIのWeb3サービス「αU(アルファユー)」との連携が実現。

暗号資産(仮想通貨)やウォレットの知識がない層でもクレジットカード一枚で、パーツを購入できる普及導線が整備されたのである。
NFT実績が「銀行」を動かす。2200万円調達の裏側
総事業費、2200万円。
新興のスタートアップが、これほどの資金を調達するのは容易ではない。しかも、実績のない離島で、だ。

突破の鍵となったのは、代表の松田氏が個人で背負ったリスクと、日置氏が仕掛けた「NFTによる信用の翻訳」の連携だ。
資金の内訳は、松田氏の借入が約1300万円、行政の補助金が約400万円、そしてNFT売上が350万円超。ここに個人投資家からの応援が加わった。
ここでNFT売上は、単なる手元資金以上の役割を果たす。
金融機関を動かす「市場ニーズの客観的な証拠」として機能したのである。
「単にデジタル画像を売った実績ではなく、すでに350万円分の買い手がいるという需要の証明として提示した」と日置氏は語る。

実績が評価しにくいWeb3プロジェクトにおいて、この具体的な数字は揺るぎない説得力となり、補助金採択や銀行融資の審査突破を強力に後押しした。
松田氏の持つ現地の地縁に、NFTによる「市場からの評価」を掛け合わせ、ファイナンスの壁をこじ開けたのである。
だが、資金調達はあくまでスタートに過ぎない。産声を上げた醸造所の前には、酒税法が定める「年間6000リットル」という最低製造数量の壁が立ちはだかる。

330ml瓶換算で、月間1500本以上。 物流ハンデを抱える離島の醸造所にとって、この厳しいノルマの未達は免許剥奪を意味するデッドラインだ。
金融機関を説得した彼らは、息つく暇もなく、事業存続をかけた次なる戦いへと突入していく。
「地方創生の優先順位は86番目」
「年間6000リットル」という絶対的なノルマを前に、求められたのは一過性の応援ではなく、継続的な消費と関与を生む仕組みであった。
その一翼を担うのが、醸造所内に設置された24時間稼働のライブカメラだ。

これは遠隔地のホルダーに対し、自身のパーツが存在する拠点の「今」を視覚的に証明するインフラとなっている。
日置氏は「離島という見えない場所だからこそ、カメラやSNSといった複数の接点を多層的に持たせ、立体的な体験を作る必要があった」と語る。
利回りを持たないこのプロジェクトにおいて、可視化の積み重ねは、ホルダーに「遠い場所にある持ち物の今」を共有させる実務的な装置となっている。
こうした取り組みは、島の現地の人々をも動かし始めている。
醸造所への親近感を広げる試みとして、昨年秋には島内15箇所をめぐるNFTスタンプラリーを実施。人口約3800人の小島において、110名のコンプリート達成者を記録する結果となった。

さらに、島の祭りで実施したカラオケ大会には、中高生から高齢者が列をなした。
18時にスーパーは閉店する。娯楽施設も限定的な島内において、ブリュワリーが提供する場が地域の「エンタメのハブ」として機能した瞬間であった。

興味深いのは、これら一連の施策が「地方創生」という文脈から生まれていないことだ。
日置氏は「地域活性なんて、僕の中での優先順位は86番目。自分たちが楽しいからやる」と言い切る。
社会的な大義名分ではない。「個人の欲求」こそがエンジンであり、その他はあくまで結果に過ぎないのだ。
しかし、皮肉なことに、大義を掲げるどんな政策よりも、「自分たちが楽しむために」と動く彼らの熱量の方が、結果的に人を動かし、金を回し、過疎の島に活気をもたらしているように映る。
おわりに
2025年のNFT市場は、投機的な熱狂が完全に終わり、実需への選別が決定づけられた一年であった。
CoinMarketCapによれば、市場時価総額はピーク時から激減し、2025年末には約25億ドル(約3900億円)規模まで縮小した。
一方で、FIFA(国際サッカー連盟)によるチケット購入権NFTや、「ポケモンカード」など実物のトレーディングカードをオンチェーン化する「Courtyard.io」といった実用性重視のプロジェクトが台頭した。
国内においても、昨年10月に閉幕した大阪・関西万博の「ミャクーン!」が累計1000万枚超の発行を記録するなど、NFTが実社会のツールとして浸透した事実は、2026年を迎えた現在の市場の前提となっている。
昨年末、京都の筆者のもとに、日置氏からビールが届いた。
グラスに注ぐと、黒に近い色調に、甑島名産の柑橘「キノス」の香りが立ち上がる。

重厚なコクを酸味が締めるこの一杯は、NFTで分割された「基礎」や「梁」が支える離島の空間で醸造された、熱狂の結晶そのものである。
Why NFT?(なぜNFTなのか)
業界が探し続けてきた問いへの解を、このさっぱりした後味に見た気がした。
|インタビュー・文:栃山直樹
|写真・資料:こしきブリュワリー提供