2月18日に召集された第221回国会において、暗号資産(仮想通貨)の規制が、現行の「資金決済法」から「金融商品取引法(金商法)」に移行することが見込まれている。成立すれば、昨年、「暗号資産制度に関するワーキング・グループ(WG)」で整理されてきた情報提供規制や業規制、サイバーセキュリティに関する取組み、不公正取引規制といった個別論点について、ガイドラインや府令による具体的な制度設計が次の焦点となる。
しかし、具体的な制度がうまくワークしていくためには、暗号資産に関連する産業構造の現状と課題を踏まえた検討が大前提となる。
銀行や証券業には、業務分担や収益構造、共通インフラに関して、長年の歴史の中で培われてきた共通認識がある。一方、暗号資産業界には、交換業者(VASP)、カストディ、マーケットメーカー、ウォレット、さらにはDeFiサービス提供者といったさまざまなプレーヤーが存在するうえ、収益構造や業界としての持続的なコスト分担のあり方などは、まだ整理されていない。
とりわけ、セキュリティやカストディといった領域は、制度設計に直結する重要論点だ。だが、例えば、セキュリティ投資のあり方は、各社の競争力や差別化ポイントにもつながり、その整理は容易ではない。
こうした点についての議論が深まらないまま、規制や制度だけを議論しても、できあがった規制や制度が意図した効果を生まなかったり、予期せぬ副作用を生じさせることになりかねない。まず必要なのは、暗号資産エコシステムの産業構造やビジネス構造についての共通認識の確立だ。
この問題意識のもと、3月上旬に開催されたブロックチェーンに関する標準化団体BGINの総会「BGIN Block 14」で提示され、議論の叩き台となったのが「暗号資産・ブロックチェーンの産業構造に関するディスカッションペーパー」だ。
さらに、2日目に行われた「振り返り解説セッション」では、ディスカッションペーパーの概要やBGINのセッションでディスカッションペーパーについてどのような議論がなされたかについての解説とディスカッションが行われた。
だが、これは単なる解説ではなかった。金商法時代の制度設計に先立ち、多様な当事者がオープンな場で議論し、知恵を出し合うことで“産業の設計図”を描こうとする試みだった。
「論点整理」から「制度設計」へ──時間は残されていない

BGINでの議論から約1カ月、2026年度がスタートした。2026年度は、金商法移行を前提としたガイドラインや府令の整備が進み、制度の骨格が実務レベルで固まっていく局面に入る。その中で、産業構造についての議論を後回しにすれば、できあがった制度がうまく機能しないということにもなりかねない。
このディスカッションペーパーの出発点は明確だ。
暗号資産については、伝統的な金融業界におけるような産業モデルが確立していない。ディスカッションペーパーの発起人である松尾真一郎氏は、金融審議会「暗号資産制度に関するWG」の議論を踏まえ、次のように指摘した。なお、松尾氏は同WGの委員も務めた。
「銀行や証券業であれば、ビジネスモデルや産業構造について共通認識があるが、暗号資産ではそれがないまま議論が進んでいる」
例えば、サイバーセキュリティに関する取組みについても、関係者間にある程度の共通認識がなければ、深みのある議論は行いにくい。
誰がどういった機能を提供し、誰がどのようなリスクを負い、どのような対応を行い、どこで収益が生まれているのか、望ましい機能やリスクの分担のあり方、市場や産業の構造などはどうあるべきか、どうしたら健全で持続可能な産業を実現できるのか、そうした全体像についての認識が不明確なままでは、制度は“効果的に機能しない設計”になりかねない。
ペーパーが提示した「構造の問題」

このディスカッションペーパーは、そうした問題関心から、暗号資産に関係するステークホルダーの状況を解明し、産業構造の課題やあるべき姿についてオープンな場で議論するための素材を提供する目的で作成された。BGINのセッションで示されたのは第一稿であり、今後、関係者とのオープンなディスカッションを経て、バージョンアップしていく予定とのことだ。
ディスカッションペーパーにおいて現状の日本の暗号資産産業に関する特徴として挙げられたのは、
・多様なステークホルダー
・交換業者のスプレッド依存型の収益構造と低収益性
・業務外部委託の進行
・取引・審査・カストディ・自己勘定が混在する垂直統合
・グローバルな産業との乖離(ガラパゴス化)
といった構造的課題だ。そのうえで、問いは極めてシンプルに設定されている。「どうすれば健全で持続可能な産業を形成できるのか」だ。
仮説として示された「再設計」
ディスカッションペーパーでは、上記の問いについての議論のための叩き台として、産業構造の再設計に向けた仮説を提示する。
主な方向性は次の3つだ。
仮説①:機能分離と共有インフラ化
・利益相反への対応
・競争領域:顧客獲得・投資助言・IEO引受
・協調領域:カストディ、監視、トークン審査、清算
仮説②:CeDeFiモデル
・DeFi(分散型金融)とCEX(中央集権型取引所)の融合の可能性
仮説③:民主的資本調達の可能性
・ウォレット中心の資本産業構造
・仲介者依存構造の変容と新しい投資家-発行体の関係
制度ではなく、産業そのものをどう設計するかを考えていこうという提案だ。
「規制コスト」と産業の持続性

振り返り解説セッションでは、こうした構造議論と並行して、現場からは強い危機感も示された。ビットバンク代表取締役社長の廣末紀之氏は、「義務のコストが高すぎると、業界が継続できなくなる」と述べた。
セキュリティとリスク管理体制の確保、監視体制、責任準備金など、規制強化は不可避で、利用者保護は強化されるべきだが、それがコストとして積み上がる一方で、収益機会は十分に確立されていないという。結果として、
・事業者の統合・撤退
・流動性の低下
・産業規模の縮小
といった影響が現実のものとなる可能性がある。
利用者が広がり、金融商品として認められるようになったからこそ、改めて利用者保護と健全な産業の両立という古くて新しい課題が、現実の問題として浮上している。

Eight Roads Ventures Japan ベンチャーパートナーの北澤直氏も、「ビジネスモデルに関するコンセンサスが取れていない」と指摘した。
実際の市場では、マーケットメーカーなどのプレーヤーがグローバルに活動し、価格形成や流動性供給を担っている。一方で、規制は国内の交換業者に集中する。つまり、制度が想定する産業構造と実際の産業構造が一致していないため、この状態で制度を設計すれば、実効性を欠くことになりかねない。
制度と並行して構造を議論

こうした問題意識を踏まえ、今回の議論で示されたのは、規制や制度と並行して、産業・市場構造そのものについての検討を深めていく必要性だ。松尾氏は、「制度が整った後に対応を考える」のではなく、制度設計の議論と足並みを揃えながら、現状の構造や課題、そして健全で持続可能な産業・市場のあり方について、多様なステークホルダーの間で共通理解を形成していくことの重要性を指摘する。
この取り組みは、特定の立場から制度に働きかけるものではない。むしろ、中立的かつアカデミックなプロセスを通じて、産業の全体像や論点を整理し、産官学を含む幅広い関係者が共通の土台の上で議論できる環境を整えることに意義がある。
これまでも業界団体などを通じた提言は行われてきたが、今回の試みはそれとは異なる。業界、研究者、そして当局を含む多様な主体が同じテーブルにつき、相互に知見を持ち寄りながら議論を深めることで、制度と実態の乖離を埋め、より実効性のある制度設計につなげていこうとするものだ。
そして、ディスカッションペーパーは、最終的な提言ではない。むしろ、議論をオープンにするための“装置”として設計されている。アンダーソン・毛利・友常法律事務所 パートナーの河合健氏は、「フラットに産業構造を議論する場」と位置づけた。
また、上智大学教授で、金融審議会「暗号資産制度に関するWG」座長を務めた森下哲朗氏も「WGの報告書では投資家保護の観点などから必要な提案をしたが、報告書で触れられていないことも多い。産官学が知恵を出し合い、議論を深めていくことに役立つことを期待している」と強調した。
ディスカッションペーパーは、結論を提示するものではなく、多様なステークホルダーの議論を通じて形作られるものだ。
多様な意見で議論を深める
ディスカッションペーパーは、発起人である松尾氏を中心に、有志が集まり、BGINでの議論や業界団体からの意見をもとに改訂版の作成が進められている。
4月以降には、広く参加者を募る協議会の開催も予定されており、6月には一定の形での提示が見込まれている。
同時期には、国会で改正金商法が成立し、1年後の施行に向けて具体的なガイドラインや府令の整備が進む見通しだ。制度設計が具体化していくなかで、産業・市場構造についての議論をどこまで深められるかが問われている。
ディスカッションペーパーはまだまだ完成形ではない。メンバーらは、改訂版に向けて多方面の関係者から意見を募り、議論を重ねながら、より実効性のある内容へと磨き上げていきたいとしている。産官学を含む多様な主体による対話を通じて、制度と実態の乖離を埋める試みはすでに具体的なプロセスとして動き始めている。
なお、N.Avenue/NADA NEWSは、この取り組みの運営をサポートしている。
|文・撮影:NADA NEWS編集部
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