「Japan Fintech Week 2026」(JFW2026、金融庁主催)の初日・2月24日に行われた「FUTURE OF DIGITAL MONEY ― デジタル通貨カンファレンス」(当社N.Avenue主催)を締めくくったのが、パネルセッション「“お金”の再定義 ― デジタル通貨は未来の経済システムをどう変えるのか」だった。
議論は、ステーブルコインの実装やブロックチェーン基盤の話題からさらに広がり、「お金そのものをどう設計すべきか」という根本的な問いに向き合うものだった。
登壇したのは、ゲーム理論・制度設計の研究者である安田洋祐・政策研究大学院大学教授、マイナンバー制度の設計から携わり、デジタル庁で統括官(デジタル社会共通機能担当)を務める楠正憲氏、元・日銀フィンテック責任者として長年CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関わってきた財務省理財局国庫課 デジタル通貨企画官の鳩貝淳一郎氏の3人。モデレーターは鳩貝氏が務め、議論の進行役も担った。
コロナ禍の給付金、円滑に配れなかった理由
議論は、コロナ禍で実施された一人10万円の特別定額給付金の話題から始まった。鳩貝氏が制度設計の問題点を指摘すると、楠氏は当時の行政現場の経験を振り返った。
楠氏は当時の混乱の要因の一つとして、給付単位が「世帯」に設定されたことを指摘。世帯主が代表して申請する仕組みとなったほか、郵送申請とオンライン申請の二重申請が可能だったため、自治体では照合作業が長期化した点を挙げた。

行政側の苦境について、「口座情報を本人から取得するだけでも、莫大なコストと時間がかかった」などと率直に語った。
現在、公金受取口座の登録件数は約6900万件に達しているが、これは国民全体の半数程度にとどまる。楠氏はこうした状況について、「テクノロジーが進化しても、制度が追いついていない」と指摘した。
ポルトガルの仕組みがヒントに?
安田氏は制度設計の観点から、ヒントとなる海外事例を紹介した。2021〜22年ごろ在外研究で滞在していたというポルトガルの制度だ。
同国では、スーパーなどで買い物をする際、日本のマイナンバーに近い「NIF(個人納税者番号)」を提示することがあるという。年末に付加価値税の還付が受けられるため、消費者が積極的に番号を伝える仕組みになっている。普段利用するスーパーに番号を登録しておけば、購入履歴が自動的に記録される仕組みだと説明した。
この制度では個人単位で消費額が把握できるため、還付額に上限を設けることで「高所得者ほど消費減税の恩恵が大きくなる」という問題をある程度抑えることも可能だという。
もっとも、日本では同様の仕組みを導入するのは簡単ではない。
楠氏はその理由として、独特の税制度を挙げた。「日本には年末調整という、会社がまとめて税処理を行う制度がある」と述べ、「韓国やアメリカのように個人が確定申告ベースで動く仕組みでないと、消費と税の還付を個人単位で結びつける設計は複雑になる」と解説。さらに、給付制度の設計で最も難しい問題として「どの単位で扶助するか」という点を挙げる。
「生活保護の扶養義務の範囲、税法の扶養関係、住民記録の世帯、戸籍の親子関係」などと具体例を挙げ、「どの単位で扶助すべきか」という点が法律ごとに異なると指摘。「マイナンバーができても簡単に給付を決められないのは、社会全体として扶助をどの単位で行うかを制度ごとに考えてきた歴史があるからだ」と説明。「社会の扶助の単位がどう変わるかは、お金のあり方と深く結びついている」との考えを示した。
「お金」を四象限でとらえ直す
安田氏はここで、経済の仕組みを2つの軸で整理して見せた。縦軸を「マクロ(社会全体)かミクロ(個別集団)か」、横軸を「自生的に生まれたものか、設計されたものか」とする2×2の四象限である。

安田氏によると、「マクロ×自生的」が市場で、誰かが設計したものではなく、取引の積み重ねから自然発生的に生まれた仕組みだ。一方で、「マクロ×設計的」は計画経済にあたる。そして「ミクロ×自生的」は地域共同体やコモンズの領域で、貨幣経済とは異なる原理で動くコミュニティだと説明した。
そのうえで、残る「ミクロ×設計的」がマーケットデザインであり、これは安田氏自身の研究分野でもあるという。
安田氏は、「人新世の『資本論』」の著作などで知られる斎藤幸平氏らが強調するコモンズや共同体の議論は興味深いが、「インセンティブ設計が難しい」と指摘する。
「うまく機能する一部の協同組合を見るのはいいが、どのように普遍的に広げるかが問題」とし、「ミクロ×設計的な領域を、デジタル通貨やトークンでアップデートできるのではないか」と述べた。完全な設計主義でもなく、完全な自生的システムでもない。その中間領域にデジタル通貨の可能性があるという視点だ。
「主観的価値」の通貨という発想
議論が「お金の主観的価値」に及ぶと、安田氏は経済学者・成田悠輔氏の著書「22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する」を取り上げた。「最初読んで理解できる人はほとんどいないんじゃないかと思う」と前置きしつつ、深いことが書かれていると評した。
成田氏が同書で構想するのは、現在の法定通貨のような「誰にとっても共通の客観的な物差し」とは異なる、主観的・個人的な価値を帯びたトークン型通貨である。同氏はこれを、「アート(art)」と「トークン(token)」を組み合わせて「アートークン」と呼んでいるという。

安田氏は、「今の市場では、お金をたくさん持っている人が社会に大きく貢献しているかは分からない」としたうえで、「ビッグデータとAIが進めば、個人の社会的貢献やコミュニティでの積み上げをより正確に評価できるようになる。そうなれば、それがある程度お金を代替する可能性がある」と説明した。
物々交換はなぜ消えたのか
楠氏は、「お金が経済の中心になったのは、想像するより最近のことだ」と指摘した。
貨幣経済が日本社会に深く浸透したのは明治以降であり、長くとも200年程度に過ぎない。それ以前の人類史の多くの期間では、交換の中心は物々交換だったと解説。「貨幣経済への移行で人は自由になった部分もあるはずだが、お金ばかりが中心になったとき、そちらに回帰しようとする動きが出てくるのも面白い」と述べた。
この「物々交換への回帰」という問いを、安田氏はゲーム理論の観点から論じた。
安田氏によれば理論上、物々交換を最適化するアルゴリズムは存在する。それが、「トップ・トレーディング・サイクル(TTC)」というメカニズムだという。
ノーベル経済学賞を受賞したアルヴィン・ロスらの研究で知られ、参加者が欲しいアイテムの順位を申告すると、アルゴリズムが最適な交換サイクルを見つけ出す仕組みだ。お金を介在させずに、多者間の物々交換を成立させる設計になっている。
TTCは、台湾のデジタル担当相を務めたオードリー・タン氏の著書「PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来」でも紹介されているという。安田氏は、「破壊力のある仕組みだが、現実にはあまり使われていない」と話し、その理由について自身の研究で突き止めた弱点を挙げた。
「1人の離脱が全体を崩壊させる」という問題だ。
例えば3人で交換サイクルを形成していた場合、このうちの1人が「やっぱり嫌だ」と取引から離脱した瞬間、連鎖するすべての交換が成立しなくなると説明。サイクルが長くなるほど、1人の離脱が及ぼすマイナスの影響である「負の外部性」は大きくなると説明した。
安田氏は「お金というのは、実はこの問題を解決している」と指摘。貨幣の本質的な機能は、多者間の交換をすべて「二者間取引に分割すること」とし、不確実性を売り手と買い手に局所化していると説明。誰かの離脱が、全体に波及するリスクを抑えることができているという。
取引を分割することで、離脱リスクを全体に波及させない。スマートコントラクトによるエスクロー機能がこれを自動化できれば、「お金なき交換」が安定的に成立する可能性もあり得る。

「横割り通貨」という思考実験
安田氏は最後に、「横割り通貨」という概念を紹介した。ソニーコンピュータサイエンス研究所の舩橋真俊氏の著書「拡張生態系──生命から照らす人類・地球・科学の未来」の補論で紹介されているものだという。
現在の通貨は基本的に「縦割り」だ。日本は円、アメリカはドル、ヨーロッパはユーロと、地域ごとに分断されている。
これを「横割り」にするとどうなるか。農業などの第1次産業、製造業などの第2次産業、サービス業などの第3次産業ごとに、世界共通の通貨を設定するという発想だ。農産物を買うには第1次産業通貨が、製造品には第2次産業通貨が必要になる。
安田氏は、「農業や介護、保育といったエッセンシャルワークは重要だと言われながら報酬が低い」と指摘。「横割り通貨」にすれば、そのサービスを受けるために専用通貨が必要になるため、「結果として通貨価値が上昇し、第3次産業との交換比率が改善する可能性がある」と指摘した。
楠氏はこのアイデアについて、実験的な取り組みとしての可能性を評価。
市場全体でいきなり導入するのは難しいとしつつ、「小さなコミュニティの中で試行錯誤していくことは面白い。大学キャンパスや離島、医療圏など、境界が明確なコミュニティで試すことはできる。デジタル通貨があるからこそ、こうした実験のコストは大きく下がっている」と述べた。
セッションの最後、鳩貝氏は議論をこうまとめた。
「テクノロジーとコミュニティが、お金をどう進化させるのか。それが最先端の議論でありながら、結局は『コミュニティ』という古い問いに戻っていく。逆説的ではあるが、とても興味深い」

デジタル通貨は単なる決済インフラではなく、社会の制度設計やコミュニティのあり方そのものを問い直すテーマへと広がりつつある。セッションは、その可能性を示す議論となった。
|文:瑞澤 圭
|編集:NADA NEWS編集部
|写真:多田圭佑
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