ST市場はどこまで拡張するのか──アセット多様化と「トークナイズド金融」がもたらす未来【デジタル証券フォーラム2025 イベントレポート・後編】

「デジタル証券フォーラム 2025」が12月2日、東京・兜町のKABUTO ONE ホールで開催された。5回目となる今回のテーマは「セキュリティ・トークン 資本市場の拡張へ」。着実な成長を見せるセキュリティ・トークン(ST)市場において、オンチェーン経済と既存金融経済の融合は今後の日本市場を左右する重要な論点となりつつある。

不動産を中心に拡大してきたSTの発行市場では近年、案件の大型化に加え、多様なアセットクラスへの展開が進んでいる。2020年の法令化から5年を経て、新たな成長局面に入ってきたと言えそうだ。

制度・市場・技術の各側面から官民のキープレイヤーが交わした議論を、前編と後編(本記事)に分けてレポートする。

ホテルから物流、VCファンドまで

パネルディスカッション「実装が進む、個人投資家の新たな選択肢としてのセキュリティ・トークン」には、ケネディクス デジタル・セキュリタイゼーション部長の関敏隆氏、Finatextホールディングス取締役CFOの伊藤祐一郎氏、野村ホールディングスデジタル・アセット推進室ヴァイス・プレジデントセキュリティ・トークン・グループ・リーダーの坂本祥太氏が登壇。N.Avenue代表取締役社長の神本侑季がモデレーターを務めた。

冒頭で紹介されたのが、ケネディクスが組成した「W OSAKA」の不動産STだ。本案件は2025年8月に発行され、発行総額は約300億円。当時としては国内最大規模のST案件となった。外資系の運営企業が手がけるラグジュアリーホテルで、心斎橋・御堂筋沿いという立地も大きな魅力となっている。また、運営パフォーマンスに連動して分配額が変動する設計となっており、従来の固定賃料型の不動産STとは異なる商品性を持つ。

「インフレ対応ができるアセットであることに加え、立地やブランドといった希少性を評価いただいた」と関氏は語った。

さらに本案件では、1000万円以上の購入で1泊、2000万円以上で2泊の宿泊券が提供されるユーティリティトークン(UT)も付与された。「投資家にも非常に好評だった。投資への期待感が高まる仕組みとして、今後も有効だと感じている」と関氏は振り返った。

一方で対照的な商品性として紹介されたのが、物流施設3物件の不動産STだ。本案件は2025年6月に発行され、発行総額は約120億円。神奈川県の厚木市、千葉県の八千代市、野田市の3物件が投資対象となった。長期の固定賃料契約と固定金利ローンを組み合わせることで価格変動リスクを抑え、安定した分配を重視した設計となっている。インフレ対応型のホテル案件とは異なる商品性を提示することで、投資家に複数の選択肢を示した形だ。

「運用資産のアセットアロケーションの一環として、『固定利回り』という点に魅力を感じていただけたと思う」と関氏は述べた。

〈ケネディクス デジタル・セキュリタイゼーション部長の関敏隆氏〉

また、不動産以外のアセットとして、野村ホールディングスが開始したVCファンド投資の私募STも紹介された。本案件は、特定投資家向け銘柄制度「J-Ships」を活用し、約80億円規模で発行されたものだ。J-Shipsは金融商品取引法に基づき、特定投資家のみを対象に、非上場企業の株式や投資信託などを発行・流通できる制度。

同社の坂本氏は取り組みの意義について、「金融リテラシーが高く十分な保有資産を持つ、リスク許容度の高い個人投資家に向けて、成長性が期待できる商品を提供できる」と説明。「こうした商品でもST化することで、より多くの投資家に届けやすくなるだろう」と話した。

新規投資家の増加、金利上昇で資金の流れが変化

2025年を振り返ると、不動産STを初めて購入した投資家が大きく増加した年となった。関氏によれば、投資家の内訳は新規が約7割、リピーターが約3割という構成だったという。案件数や銘柄数の増加を背景に、STという商品自体の認知度は着実に高まっている。

関氏は、投資額の変化についても具体的な数字を示した。個人投資家の平均投資額は、2024年までが約390万円、2025年は約410万円と大きな変化は見られなかった。一方で、法人投資家の平均投資額は、2024年までの約1200万円から2025年には約1500万円へと増加したと紹介し、「法人投資家の顔ぶれが少し変わってきている。個人の資産管理会社や学校法人などが多く含まれており、法人投資家の層が広がった」と語った。

不動産STへの累計投資家数は2万3000人以上で、2025年だけで1万人を超える見込みだという。「今年は、一気に投資家数が増えた年だった。ST商品の幅も広がり、着実に市場が拡大してきたと言えるだろう」と関氏はまとめた。

一方で、インフレと金利上昇が続く環境下では、投資家が求める商品性も変化しつつある。これまで事業会社の余資運用といえば、定期預金や社債などの確定利回り商品が中心だった。しかし、2024年末以降に金利が上昇し始めた現在の環境では社債を増やすだけでは不十分となり、不動産にも分散投資する動きが広がっているのではないかと、坂本氏は仮説を立て、以下のように続けた。

〈野村ホールディングス デジタル・アセット推進室の坂本祥太氏〉

「投資家が求める利回りの目線も上がってきており、商品組成の難易度は高まっている。こうした環境下でも、お客様のためになる商品を届けていきたい」

進む新規参入、ASTOMOが示した協業モデル

こうした市場拡大の背景の一因は、ST市場への新規参入が増えていることもある。Finatext(フィナテキスト)グループの証券会社スマートプラスもその一社だ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券が、デジタル・アセット事業に参入にあたり、スマートプラスの証券インフラを採用し、厳選した不動産STに10万円から投資できるデジタル証券取引サービス「ASTOMO」を展開している。

ASTOMOは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券が事業の主体となりサービス運営を主導し、スマートプラスがプラットフォーム提供および提販売管理の役割を担うことで共同運営されており、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の持つデジタル証券調達力と営業力、スマートプラスの持つプラットフォーム開発・運用力という、それぞれの強みを活かしたサービスであることが特長だ。

スマートプラスの大きな特徴は、STに関連した業務に必要となるSaaS型システム一式を持っていることに加え、第一種金融商品取引業のライセンスを保有している点にある。口座の開設や管理、ブロックチェーンを含む外部システムとの接続など、証券プラットフォームとして必要な業務を担うのがスマートプラスだ。このように、基幹システムや外部接続部分を共通化しつつ、フロント部分は各金融機関が自社の方針に合わせてカスタマイズできる設計となっている。

そのため、「ASTOMO(アストモ)は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券主導でビジネスを展開することができる。他のパートナー企業も短期で低コストに、新規参入することが可能となる」と伊藤氏は解説した。

〈Finatextホールディングス取締役CFOの伊藤祐一郎氏〉

坂本氏は、ウォレットや決済サービスを持つ事業者が証券領域に参入する場合にも、この仕組みを活用できると指摘。例えば、アプリ上でSTを一元的に管理し、支払いの際に保有するSTの一部を売却したり、償還時に得た資金がウォレットに自動で反映されたりするような仕組みの構築も可能になるという。

伊藤氏は、ST市場全体の成長スピードにも言及。J-REIT(Jリート)の昨年の新規発行額が約2500億円だったのに対し、不動産STの累計発行額はすでに約1200億円規模に達しているとし、ゼロからイチのフェーズは終わり、多様な商品とプレイヤーが今後まず増す必要になるとの見方を示した。

商品性の多様化や投資家層の広がり、そして新規参入企業の増加が見られた2025年。来年に向け、さらなるST市場の盛り上がりへの期待が膨らむセッションとなった。

「トークナイズド金融」の世界で、業界はどう変わる?

続くパネル「未来予想-アセット多様化・ステーブルコインで拡張する資本市場とは?」には、BOOSTRY代表取締役社長の平井数磨氏、三菱UFJ信託銀行ジュニアフェローの宮西正太氏、アンダーソン・毛利・友常 法律事務所外国法共同事業パートナー弁護士の梅津公美氏が登壇。モデレーターは引き続き、神本が務めた。

神本は冒頭、「時間軸を長く捉え、ST市場の未来に何が起こるのかを議論したい」と述べ、セッションを開始した。

資産のトークン化が進み、支払いもブロックチェーン上で完結する世界が到来した場合、金融はどのように変化するのか。「トークナイズド金融」と呼ばれる将来像について、登壇者3人が意見を交わした。

宮西氏は日本のST市場について、法律構成や名簿管理の仕組みに差異はあるものの、本質的には既存の振替有価証券の世界と大きな違いはないと指摘。発行体や信託銀行、証券会社という枠組みの中で構成されており、投資家から見れば「既存金融商品の一カテゴリー」にとどまっていると説明した。

〈三菱UFJ信託銀行ジュニアフェローの宮西正太氏〉

一方、米国を中心とする海外市場では、DeFi(分散型金融)や暗号資産のエコシステムを起点に、RWA(現実資産)やトークン化MMF(マネー・マーケット・ファンド)、ステーブルコイン(SC)へとST市場が拡張しているという。ブラックロックの「BUIDL」に象徴される、低リスク運用とオンチェーン決済の結びつきが始まっている。

こうした流れを踏まえ宮西氏は、「ブロックチェーンによる利便性の向上を考えると、日本にでも、こうした世界に徐々にシフトしていくだろう」と予測。さらに、「ブロックチェーンの最大の特徴であるスマートコントラクトを生かせば、STとSCを組み合わせたクロスボーダー取引や、DEX(分散型取引所)、AMM(自動マーケットメイカー)など、これまでにない金融サービスが生まれる可能性がある」と語った。

将来的に、利用者自身が秘密鍵を管理するノンカストディアル・ウォレットやパブリックチェーンの活用を前提とした場合、個人のKYC(本人確認)をどのように担保するかが重要な論点となるが、その解決策として、個人が認証情報を管理できるDID/VC(Decentralised ID/Verifiable Credentials)の活用が議論されている。

データ主権が投資家自身へと移行していく中で、金融機関やテック企業の役割も変化していく。「それぞれの強みを生かした協業が、今後さらに重要になるだろう」と宮西氏は指摘した。

パブリックチェーンに向かう期待と超えるべき課題

現在、日本のST市場は投資家保護を重視し、主にプライベート/コンソーシアムチェーン上での運用が前提となっている。今後、パブリックチェーンの活用が進んだ場合、どのような法的課題が浮上するのか。

この点について、弁護士の梅津氏は「最大の課題は、ノンカストディアル・ウォレット間でSTが移転される場合の本人確認(KYC)やアンチマネーロンダリング(AML)だ」と指摘。「これまで証券会社が担ってきた『取引時確認』を誰が、どのような形で担保するのかという点について議論が必要になるだろう」と述べた。

〈アンダーソン・毛利・友常 法律事務所の梅津公美氏〉

パーミッション型のブロックチェーンネットワーク「ibet for Fin」を提供し、金融機関向けシステム開発も手がけるBOOSTRYの平井氏が見据えるのは、パブリックチェーン上でAIエージェントがスマートコントラクトを介し、自律的に取引を行う金融の姿だ。

平井氏は、「24時間365日、自動で処理される金融の世界が視野に入ってきている」と述べ、この領域が活性化することで、これまでには存在しなかったような新しい金融市場が形成される可能性があると述べた。

こうした変化の中で、信託銀行の役割も変わりつつある。従来の資産保全や原簿管理に加え、AMLやKYCといった認証基盤を支える存在としての重要性が高まっていくとみられる。同時に、テック企業との連携も大きなテーマだ。テック企業は、金融機関の基幹システムとブロックチェーンをつなぐ「橋渡し役」として、今後さらに存在感を増していく可能性がある。

平井氏は「どのチェーンにつなぐか自体はそれほど難しくない。本当に難しいのは、既存の基幹システムとの接続」だとし、「現在、我々のリソースの8〜9割は、この部分に割かれている」と明かした。

不動産に続き、PEファンドやVCファンドのトークン化も、徐々に現実味を帯びてきた。ただし、これらのアセットについても、法的な論点はなお残されている。

「上場株への投資と比べると、リスクの高い商品になるため、どのような投資家層にアプローチするのかは、慎重に検討する必要があるだろう」と梅津氏。リスクを投資家にどう説明していくのかについても、引き続き議論が必要だと続けた。

ST×SCが拓く未来の金融

話題はステーブルコイン(SC)にも及んだ。国内では、2025年3月に米ドル建ての「USDC」の流通が始まったほか、日本円建ての「JPYC」が10月に発行されるなど、ユースケース拡大への期待が高まっている。さらに、3メガバンクが共同でステーブルコインを発行するとの報道も話題を集めた。

一方、米国ではジーニアス法が制定され、制度整備と流通が急速に進んでいる。こうした動きを背景に、「ST×SC」の組み合わせが金融にもたらす変化に注目が集まっている。

平井氏は、現行の決済手段について「現時点で致命的な課題が顕在化しているわけではない」と前置きしつつも、海外ではすでにSCが日常的に使われ始めていると指摘。同社としてもこの分野への取り組みを加速させており、すでに複数の関連案件が進行していると明かした。

〈BOOSTRY代表取締役社長の平井数磨氏〉

宮西氏は「トークナイズド金融」の将来を見据えた場合、最も重要な要素の一つがSCだと説明。SCがなければ、オートメーションされたプログラマブルな金融は成立しないとしたうえで、現在当たり前とされている「土日は決済できない」「入金までに数日かかる」といった慣行についても、将来振り返れば不合理に映るはずだとの見方を示した。

平井氏は今年を振り返り、案件面・技術面の双方で難易度の高い挑戦ができた年だったと総括。今年のテーマとして掲げてきた「アセットの拡大」「参加企業の拡大」「アセットの多様化」を、一定のスピード感を持って進められたと述べた。そのうえで、「トークナイズド金融」の世界を実現するには、これまで以上の挑戦が必要になるとして、関係者とともに取り組んでいきたいと語った。

このセッションで語られた内容は、一見すると遠い未来の話に思えるかもしれない。しかし、議論された内容の多くはすでに動き始めており、その輪郭は着実に形を成しつつある。1年後、日本のST市場はどこまで進化しているのか。そんな未来を想像させながら、パネルディスカッションは幕を閉じた。

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https://channel.nikkei.co.jp/sto2025/

|文:橋本史郎
|編集:NADA NEWS編集部
|撮影:多田圭佑